小説 新・人間革命に学ぶ

人生の 生きる 指針 「小説 新・人間革命」を 1巻から30巻まで、読了を目指し、指針を 残す

釈尊

覚者の孤独

『新・人間革命』第3巻 仏陀の章 P183~


釈尊は思った。

無明とは、自身の生命の迷いである。
まさしく生命の無明こそが諸悪の根源であり、
生老病死という人間の苦悩をもたらす要因にほかならない。


ゆえに、この迷い、無明という己心の悪と対決するところから、
人倫の道、崩れざる幸福の道が開かれるのだ!


“この法を説くべきか、説かざるべきか・・・”
彼の悟った法は、いまだかつて、誰も聞いたこともなければ、
説かれたこともない無上の大法である。


人びとは病を恐れ、老いを恐れ、死を恐れ、欲望に身を焼き、互いに争い合い、
苦悩している。それは「生命の法」を知らぬがゆえである。
しかし、衆生のために法を説いたとしても、誰一人として、理解できないかもしれない。


釈尊は孤独を感じた。それは未聞の法を得た者のみが知る、
「覚者の孤独」であった。


彼は、悩み、迷った。魔は、仏陀となった釈尊に対いても、
心の間隙を突くようにして競い起こり、さいなみ続けたのである。


「仏」だからといって、決して、特別な存在になるわけではない。
悩みもあれば、苦しみもある。病にもかかる。そして、魔の誘惑もあるのだ。


ゆえに、この魔と間断なく戦い、行動し続ける勇者が「仏」である。
反対に、いかなる境涯になっても、精進を忘れれば、
一瞬にして信仰は破られてしまうことを知らねばならない。


彼は、遂に決断する。
“私は行こう! 教えを求める者は聞くだろう。汚れ少なきものは、理解するだろう。
迷える衆生の中へ、行こう!”


釈尊は、そう決めると、新しき生命の力が込み上げてくるのを感じた。
ひとりの偉大な獅子が、人類のために立ち上がった瞬間であった。


一人の発心は、一人にとどまらない。一波が、十波、百波となって広がっていくように、
そこに連なる幾多の人間へと波動していく。


釈尊の感じた孤独を 知っていた池田先生。
それは未聞の法を得た者のみが知る、「覚者の孤独」。


「この釈尊に対する先生(池田大作)の視点は、先生ご自身を
 言い表しているように思えてなりません。」
とインド文化国際アカデミーの
ロケッシュ・チャンドラー理事長が語っているとおりだ。



太字は 『新・人間革命』第3巻より抜粋

仏陀の生涯

『新・人間革命』第3巻 仏陀の章 P165~


釈尊の生きた年代については定かではない。

釈尊は、釈迦族の王子として、生まれた。姓は「ゴータマ」
長じて、悟りを得ると、「ゴータマ・ブッダ」、あるいは、
釈迦族出身の聖者の意味で「シャーキャムニ(釈迦牟尼)」と呼ばれる。
「釈尊」とは、その訳語である。


釈尊の父は浄飯王、母は王妃の魔耶である。
釈尊は 生後わずか1週間で母を亡くしてしまった。


万人の避けることのできない、老・病・死の問題を解決するため、
王家の生活を捨て、出家の道に進む釈尊。


禅定や苦行や断食にまじめに励むが悟りを得られなかった釈尊。
旅をしながら、尼連禅河を渡り 菩提樹の下で、深い瞑想に入る。


次々と襲う欲望への執着、飢え、眠気、恐怖、疑惑と戦い、
やがて、釈尊は、自分は久遠の昔から生じては滅し、滅しては、また生まれるという、
その連続の中にいることを知った。


彼は三世にわたる生命の永遠を覚知したのである。


“これだ、これだ!”この刹那、この一瞬、釈尊は大悟を得た。
ついに仏陀となったのだ。


ー大宇宙も、時々刻々と、変化と生命のリズムを刻んでいる。
人間もまた同じである。幼き人も、いつかは老い、やがて死に、また生まれる。


いな、社会も、自然も、ひとときとして静止していることはない。
その流転しゆく万物万象は、必ず何かを縁として生じ滅していく。
何一つ単独では成り立たず、すべては、空間的にも、時間的にも、連関仕合、
「縁りて起こる」のである。


そして、それぞれが互いに「因」となり、「果」ともなり、しかも、
それらを貫きゆく「生命の法」がある。

釈尊は、その不可思議な生命の実体を会得したのであった。
彼は、自身が、今、体得した法によって、無限に人生を開きゆくことが確信できた。


迫害も、困難も、逆境も、もはや風の前の塵にすぎなかった。



太字は 『新・人間革命』第3巻より抜粋

ロケッシュ・チャンドラ理事長

『新・人間革命』第3巻 仏陀の章 P165~

釈尊ゆかりの場所を訪ねた伸一は、釈尊の生涯に思いをはせた。
池田先生は 「私の釈尊観」という本を 1973年に出版している。


インド文化国際アカデミー理事長の
ロケッシュ・チャンドラ氏は 聖教新聞紙上で
『新・人間革命』第3巻「仏陀」の章についての 読後感を語っている。


「人生の問題を抱えながら、それらに立ち向かう“人間・仏陀”を、
そしてまた、生命の普遍の本質を浮かび上がらせています。


仏陀は人間であり、人類の偉大な教師であるー
この釈尊に対する先生(池田大作)の視点は、先生ご自身を
言い表しているように思えてなりません。


まさに、先生は釈尊の精神を現代に蘇らせ、その力を
読者に送っておられるのです。


仏教は外在的神ではなく、人間が中心です。
また、何より日々の生活を重視し、人生の向上と幸福を強調しています。


『新・人間革命』では、その一切の根本である生命の偉大さを語っています。


インドでは、数世紀前に仏教は廃れてしまいました。しかし、仏教の精神性は、
インドの未来を豊かにするものです。


池田先生が訴える創価の哲学も、インド社会の発展の中核をなす
時代精神になりつつあります。


私たち一人ひとりが人生という作品を完成させる
「人生の彫刻家」であり、皆が社会という全体において、
欠かすことができない存在であることを明らかにしているのです。


『新・人間革命』は、「価値創造の人生」へ、魂の翼を広げることを促す
「目覚めの一書」です。」




太字は 『新・人間革命』第3巻より抜粋


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