小説 新・人間革命に学ぶ

人生の 生きる 指針 「小説 新・人間革命」を 1巻から30巻まで、読了を目指し、指針を 残す

讒言

参議院議員選挙

『新・人間革命』第6巻 波浪の章 P257~

6月7日は、第6回参議院議員選挙の公示の日であった。

今回の選挙で、学会が支援する公政連推薦の9人の候補者が当選し、非改選の6人と合わせて15人になれば、議員10人以上という院内交渉団体の資格をもつことになる。すると国会運営にも、さらに大きな影響力を発揮することができる。

会員たちは、これまで、自分たちが支援した参議院議員の活躍を見てきた。たとえば、清原かつが中心となり、義務教育の教科書の無償配布を推進。

これは同志である参議院議員の活躍の一部にすぎないが、そのメンバーが院内交渉団体をつくり、より一層、影響力をもつことに、会員たちは大きな期待をいだいていたのである。

支援する学会員は、今回は公政連という政治団体結成後の初めての選挙とあって、単に候補者個人のことだけでなく、公政連の政策をよく理解し、訴えていく必要があった。

この年の4月に、公政連の機関誌として、「公明新聞」が創刊されたが、同志は、これを熟読しては、公政連の政策や、現状の政治の問題点を、友人や知人に語っていった。

この支援活動のなかで、多くの同志は、かなりの政策通になっていた。
同志は、自分たちの力で新たな日本の政治の歴史を開く、使命と誇りに燃え、自分が立候補しているような気持ちで、公政連の政策を訴えた。

この参議院議員選挙の支援活動の、大きな推進力となっていたのが、一般的には政治への関心が低いといわれていた主婦層にあたる、婦人部員であった。それは、政治を自分たちの手に取り戻そうとする、目覚めた大衆の、新しい力の台頭であった。

彼女たちが、支援活動のなかで、説明に困った問題の一つに、公政連は 保守か、革新かとの質問があった。

伸一は、「公政連は、中道をめざす政治団体です。この中道というのは、中間ということではありません。従来の資本主義、あるいは、社会主義といったイデオロギーにとらわれることなく、国民の幸福と世界の平和を、どこまでも基本にして、是々非々を貫く在り方といえます。」

「全民衆の幸福の実現という観点から見て、良いものは推進し、悪いものは反対するという姿勢です。
」と自らの考えを話した。

山本伸一の激励の旅は、間断なかった。
文字通り、一瞬の休息もない、東奔西走の日々であった。

幹部たちは「まるで山本先生が4人も5人もいるようだ」と感嘆しながら語り合った。

さらに、周囲の幹部が驚いたことは、もともと病弱で疲れやすい体質の山本会長が、激闘が続けば続くほど、元気になっていくことであった。「先生は、こんなに動いておられるのに、どうしてお元気なのでしょうか」と尋ねた。

伸一は、ニッコリとほほ笑んだ。
「それが学会活動の不思議さなんだよ。"私には、励まさなければならない人がたくさんいる。みんなが私を待っている"と思うと、じっとしてはいられないし、勇気がわく。そして、同志に会うと、この人を奮い立たせよう、この人を絶対に不幸にしてなるものかという、強い思いが込み上げ、生命力があふれてくる。」

「だから、学会活動をすればするほどますます元気になる。戦うことが私の健康法でもある。」
「もちろん、人間だから、疲れもする。仏法は道理だから、休養も大切だ。しかし、学会活動をやり抜いた疲労は、心地よい、さわやかな疲労であり、すぐに疲れも取れる。」

「しかし、同じように学会活動しているように見えても、疲労が溜まる一方の場合もある。それは、受け身の場合だね。心のどこかに、言われたから仕方なくやっているという気持ちがあれば、歓喜もないし、元気も出てきません。」

「元気になるには、自ら勇んで活動していくことが大事だ。そして、自分の具体的な目標を決めて挑戦していくことだ。目標をもって力を尽くしそれが達成できれば喜びも大きい。」

「また、学会活動のすばらしさは、同志のため、人びとのためという、慈悲の行動であることだ。それが、自分を強くしていく。」

伸一の各地での激闘は、会員たちに、平和社会の建設という広宣流布への決意を促した。
仏法者の社会的使命を自覚した同志は、選挙の支援活動にも一段と力を注いでいった。

それにともない、公政連推薦の候補者や学会への脅しや、嫌がらせが激しくなっていった。


太字は 『新・人間革命』第6巻より抜粋

言論の闘士

『新・人間革命』第6巻 波浪の章 P241~

<波浪の章 始まる>

1962年 6月2日伸一は 四国本部幹部会に出席した。
前日、伸一の出席を妨害する「どうしても来るというなら覚悟を決めておけ」という脅迫電話が学会本部に入る。

7月1日には、参議院選挙があることから、公明政治連盟の支援団体である学会への、悪質な嫌がらせや、脅迫電話が相次いでいたのである。

伸一は、戸田城聖に仕えた時から、命を捨てる覚悟はできていた。だから何ものも恐れなかった。もし学会に攻撃をしかけるものがあれば、自分が盾となって仏子を守り抜き、指一本触れさせまいと決意していたのである。

だが、自分と同じ自覚に立つべき首脳幹部に、その思いも、気迫も見られないことが、伸一は情けなく、残念でならなかった。

伸一は、予定している参加者が、既に集まったことを聞くと、予定を2時間繰り上げ、開会した。
"何があっても、同志は私が守る!"彼は、そう決意して、壇上にあっても、心で唱題しながら、会場の隅々にまで、注意深く視線を注いでいたのである。

会場では、ろうあ者のメンバー240人とともに、幹部会に参加した福山のところへ行き激励した。

人生の苦悩を背負い、嘆き、悲しむ人たちのなかに分け入り、幸福の道を教え、勇気と希望の光を注ぎ、生きる力を呼び覚ましてきた唯一の団体が創価学会である。

伸一は、見えざる的に向かって、心で叫んだ。"この尊い学会に、弓を引くなら引け!私を撃つなら撃て!しかし、私は断じて戦う。絶対に負けはしないぞ!"彼は拳を握り、彼方を仰いだ。

翌3日には、岡山県の会合に参加した。地区部長会では、「一昨日御書」の講義を行った。

この講義では、心から国を憂い、救済しようとされた大聖人が、なぜ、迫害されるに至ったのかを語った。そして、迫害の構図を浮き彫りにしていったのである。

「一部のマスコミなどが、暴力宗教であるとか、政治を牛耳り、日本を支配しようとしているとか、盛んに中傷、デマを流しています。そして、社会は、それを鵜呑みにして学会を排斥しようとする。讒言による学会への攻撃です。」

「広宣流布の道とは、見方によっては、讒言との戦いであるといえます。讒言の包囲網を破り、仏法の、また学会の真実を知らしめ、賛同と共感を勝ち取る言論の戦いであり、人間性の戦いです。」

「御聖訓にも、『悪は多けれども一善に勝つことなし』と仰せではないですか。しかし、どんなに荒唐無稽な嘘であっても、真実を知らなければ、その嘘がわからない。最初は、半信半疑であっても、やがて、そんなこともあるのかもしれないと、思うようになります。そして、何度も嘘を聞くうちには、多分そうなのだろうと考えるようになり、やがて、嘘が真実であるかのように、皆、思い込んでしまう」

「言うべき時に、言うべきことも言わず、戦わないのは単なる臆病です。」

「もし、みんなの心のなかに、自分が立たなくとも、誰かが戦うだろうという、他人任せの考えが少しでもあれば、その油断が哀れな敗北を生みます。要は私たちに、悪と戦う勇気があるかどうかです。讒言を打ち破るものは、真剣さです。全魂を傾けた生命の叫びです。」


「全員が一人立ちし、獅子となって、学会の正義と真実を語りに語り、訴えに訴え抜いていってこそ、勝利を打ち立てることができるのです。」

伸一の講義に、中国の友の心は燃えた。そして、言論の闘志として立ち上がったのだ。


太字は 『新・人間革命』第6巻より抜粋

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