『新・人間革命』第10巻 桂冠の章 P308~
伸一は、時間の許す限り、メンバーの近況に耳を傾け、時には、優しく包み込むように励まし、時には、厳父のごとく、強く奮起を促していった。千葉の女子部の記念撮影では、自身を鍛え、磨きゆくことの大切さを訴えた。
宗田睦美という女子部員は8年前に、家庭不和と経済苦が理由で入会した。父親は、製鉄所に勤務していたが、妻と6人の子供を養うには、給料は、薄給過ぎた。働いても働いても、いっこうに楽にならぬ暮らしに、毎晩のように酒を飲みに出かけ、給料の大半を使ってしまうようになった。
お金を入れてほしいという母を父が殴るようになった。そんな時、学会の話を聞くが、どこに行けば入会できるかわからず、市役所に行って尋ね、職員の一人から近所の学会員を紹介してもらい、入会した。母が勤行し、活動に参加するようになると日ごとに明るくなり、母の大きな変化を見て、次々とこどもたちが、信心をするようになった。
家族が皆入会してしまうと、父親は、自分一人だけ、除け者にされているようで、寂しくなり、信心に猛反対し、酒量を増していった。しかし、母親のキクは負けなかった。母は、娘たちに 今、お父さんが、信心に反対しているのは、私たちに罪障を消滅するために、変毒為薬するために反対しているのだと話し、父親に感謝するように言った。
入会して3,4年は毎日ウドンだけの貧しい生活であったが、7年後には、家も新築することになり、娘たちが広宣流布のリーダーに育ってくれたことを喜ぶ母だった。ところが、母が肝臓を病み急性してしまった。
姉弟の衝撃は、あまりにも大きかった。しかし、母親の臨終の相のすばらしさが、信心のなんたるかを教えていた。息を引き取ると同時に、それまで、顔に出ていた黄ばみは消えて白くなり、頬には、ほんのりと赤みさえ増し、笑みをたたえているかのような、穏やかな顔であった。この見事な臨終の相に、父親も、何かを感じたようであった。
姉弟は、母の分まで頑張ろうと誓い合い、頑張った。
伸一は、姉弟の幸福を、強く強く、祈り念じつつ、こう励ました。「これから先もまだまだ、大変なことがあるだろうが、絶対に負けてはいけない。生涯、学会から離れることなく、必ず幸せになりなさい」束の間の語らいであったが、彼の言葉は、未来を照らす、心の光彩となったのである。
逆境が人を不幸にするのではない。苦難が人を不幸にするのでもない。自身に敗れて、荒み、歪んだ心が、人を羨み憎む貧しき心が、人間を不幸にするのだ。
「負けるな!」「強くあれ!」ーー山本伸一は、わずかな時間を見つけては、苦悩と戦う同志のなかに分け入り、励ましの言葉をかけ続けた。たとえ、出会いは、一瞬であったとしても、友の幸福を願う、強き一念から紡ぎ出された“命の言葉”は、人間の胸奥に深く響きわたり、その魂を蘇らせる。そして、生涯の飛躍の力となるのである。
11月28日、教学部の教授、教授補の試験が行われ、伸一は、ここにも激励に駆けつけた。伸一は、会場に到着すると、各教室を回って、受験者を激励した。
目の不自由な川瀬泰久という壮年が別室で受験するようになっていると聞くと、すぐにその教室に向かった。彼は、50歳過ぎの沖縄の壮年で、伸一は、これまでに、何度か川瀬と会い、励ましてきたのである。教室には、川瀬の口述筆記のため、妻が付き添っていた。
川瀬は、網膜色素変性症で、先天性の弱視であった。成人し、年をとるにつれて、彼の視力は、ますます衰えていった。その視力の衰えと戦いながら、彼は行政書士の資格を取り、妻の力を借りて、仕事を続けてきたのである。
お金を入れてほしいという母を父が殴るようになった。そんな時、学会の話を聞くが、どこに行けば入会できるかわからず、市役所に行って尋ね、職員の一人から近所の学会員を紹介してもらい、入会した。母が勤行し、活動に参加するようになると日ごとに明るくなり、母の大きな変化を見て、次々とこどもたちが、信心をするようになった。
家族が皆入会してしまうと、父親は、自分一人だけ、除け者にされているようで、寂しくなり、信心に猛反対し、酒量を増していった。しかし、母親のキクは負けなかった。母は、娘たちに 今、お父さんが、信心に反対しているのは、私たちに罪障を消滅するために、変毒為薬するために反対しているのだと話し、父親に感謝するように言った。
入会して3,4年は毎日ウドンだけの貧しい生活であったが、7年後には、家も新築することになり、娘たちが広宣流布のリーダーに育ってくれたことを喜ぶ母だった。ところが、母が肝臓を病み急性してしまった。
姉弟の衝撃は、あまりにも大きかった。しかし、母親の臨終の相のすばらしさが、信心のなんたるかを教えていた。息を引き取ると同時に、それまで、顔に出ていた黄ばみは消えて白くなり、頬には、ほんのりと赤みさえ増し、笑みをたたえているかのような、穏やかな顔であった。この見事な臨終の相に、父親も、何かを感じたようであった。
姉弟は、母の分まで頑張ろうと誓い合い、頑張った。
伸一は、姉弟の幸福を、強く強く、祈り念じつつ、こう励ました。「これから先もまだまだ、大変なことがあるだろうが、絶対に負けてはいけない。生涯、学会から離れることなく、必ず幸せになりなさい」束の間の語らいであったが、彼の言葉は、未来を照らす、心の光彩となったのである。
逆境が人を不幸にするのではない。苦難が人を不幸にするのでもない。自身に敗れて、荒み、歪んだ心が、人を羨み憎む貧しき心が、人間を不幸にするのだ。
「負けるな!」「強くあれ!」ーー山本伸一は、わずかな時間を見つけては、苦悩と戦う同志のなかに分け入り、励ましの言葉をかけ続けた。たとえ、出会いは、一瞬であったとしても、友の幸福を願う、強き一念から紡ぎ出された“命の言葉”は、人間の胸奥に深く響きわたり、その魂を蘇らせる。そして、生涯の飛躍の力となるのである。
11月28日、教学部の教授、教授補の試験が行われ、伸一は、ここにも激励に駆けつけた。伸一は、会場に到着すると、各教室を回って、受験者を激励した。
目の不自由な川瀬泰久という壮年が別室で受験するようになっていると聞くと、すぐにその教室に向かった。彼は、50歳過ぎの沖縄の壮年で、伸一は、これまでに、何度か川瀬と会い、励ましてきたのである。教室には、川瀬の口述筆記のため、妻が付き添っていた。
川瀬は、網膜色素変性症で、先天性の弱視であった。成人し、年をとるにつれて、彼の視力は、ますます衰えていった。その視力の衰えと戦いながら、彼は行政書士の資格を取り、妻の力を借りて、仕事を続けてきたのである。
太字は 『新・人間革命』第10巻より 抜粋
→まぐまぐ メルマガで読む 『新自身・人間革命』に 学ぶ