小説 新・人間革命に学ぶ

人生の 生きる 指針 「小説 新・人間革命」を 1巻から30巻まで、読了を目指し、指針を 残す

教学

ロサンゼルス支部

『新・人間革命』第7巻 萌芽の章 P130~

伸一が宿泊していたホテルには、入れ代わり立ち代わり、指導を求めるメンバが訪ねて来た。

一人ひとりの現実生活の苦悩の闇に光を注ぎ、その生命のなかに発心の種子を植えてこそ、人間は育つ。また、広宣流布の芽も育つものである。

反対に、対話なき組織は、いつしか官僚主義の悪弊に侵され、人間の温かな心の通わぬ、冷たい管理制度に堕してしまう。伸一は、組織が大きくなればなるほど、そこに人間の血を通わせるために、命を削る思いで、渾身の力を振り絞って、対話を重ねようとしていた。

1月10日一行は、ホノルル空港を発ち、次の訪問地ロサンゼルスに到着した。
ロサンゼルス支部の検討や ロサンゼルス会館の候補地の視察などが行われた。

2年3か月前にロサンゼルス支部が結成された時には、今いる男性のほとんどが、学会に否定的だった。

フジカワは 妻に付き添い日本へ行って本部幹部会などに参加し、直接山本会長の指導や 学会の真実の姿に触れて、感動し、入会した。フジカワは、弘教にも挑戦し、学会の会合へ妻を送迎する仲間のハガに最初に仏法の話をした。

ハガは、ともに学会批判をしていたフジカワの変わり様に驚き、入会してめざましい成長を遂げていた。

幹部面接に来たメンバーは、幹部としての責任を果たし、広宣流布に生きる決意を固めていた。

1960年に、山本会長が初訪問した折に、日系人のメンバーに示した「市民権を取得し、良きアメリカ市民に」「自動車の免許を取得する」「英語をマスターする」の3指針に挑戦したメンバー。

眼前の課題に一つ一つ挑戦し、勝利していくなかに、栄光の未来が開かれる。
人生の勝利者とは、今日を勝ち抜く人である。

アメリカで入会したハヤシダは、女子部がどういう部なのかも、よくわからなかったが、彼女は、日本から機関紙を取り寄せ、女子部に関する記述を読みあさり、女子部の使命と活動を学ぶことから始めた。

彼女は、状況の厳しさを理由に、力不足を正当化するのではなく、すべて自分が受けて立とうと、心に決めていた。人はそのなかで、最大の力を発揮していくことができるのである。

彼女は「真剣」であった。
「真剣」とは、命をかけることである。その決定した一念から発する、正義と誠実の叫びが、友の閉ざされた心の壁を破り、共感の調べを奏でるのだ。

使命に目覚めた一人が立ち上がれば、波が起こり、広布の渦潮ができる。戦後の学会の歴史も、戸田城聖が一人立ったところから始まっている。いかに時代が変わっても、その原理は不変である。


人に仏法を教え、信心に目覚めさせるには、その人の人生と深く関わり、同苦し、真剣な祈りを捧げていかざるをえない。

そして、相手が信仰によって苦悩を克服した時には、その喜びと体験を共有することができる。この積み重ねが、自身の仏法への確信を強め、不屈の信仰をつくりあげていく。つまり、学会活動こそ、自己の成長と境涯革命の原動力となるのである。


伸一は、ロサンゼルス支部の教学試験会場で、受験者を励ました。
「正しい信仰には大功徳がありますが、同時に必ず難もあります。その時に教学がないと、信心に疑問をいだくようになってしまう。戦時中、日本の軍部政府の弾圧によって、牧口先生、戸田先生が逮捕された時、幹部は皆、退転してしまった。教学がなかったからです。」

「しかし、教学を身につけていれば、なぜ、正しい信仰に難が競い起こるのか、どうすれば一生成仏できるのかがわかります。」

「だから、大聖人は『行学の二道をはげみ候べし、行学たえなば仏法はあるべからず』と、『行』とともに、『学』の重要性を強調されているのです」

「学会の試験は、皆さんが教学を研鑽するうえの、励みとなるために実施しているのです。」



太字は 『新・人間革命』第7巻より

公明政治連盟結成の意味

『新・人間革命』第6巻 加速の章 P204~

大客殿建立は、恩師戸田城聖の遺言であり、山本伸一が 7回忌までの目標としていた誓願であった。

建立にあたっては、世界の名産を使うよう、言い残していたのである。

大客殿の支柱となるコンクリートの土台には、世界広宣流布の意義を込めて世界各国の石を埋めることになっていた。このため、伸一は各国の石を収集してきたのでる。

広宣流布を使命とする創価学会の同志は、大客殿の建立に賛同し、喜び勇んで、真心の浄財をもって建設に尽力してきた。

全同志は、この大客殿の起工式を伝える聖教新聞の報道を涙で読んだ。
全国各地の座談会で、会員たちは、大客殿の起工式を喜び、祝った。

同志の多くは、あまりにも質素な、慎ましい暮らしをしていた。しかし、法のため、広布のため貢献することができる誇りが、皆の心に脈うっていた。まさしく、大客殿は、同志の美しく清らかな真心の結晶であり、仏国土建設の希望と歓喜の象徴であった。

それから、30年ほど後に、法主の日顕によって、総本山興隆の大功労者である山本伸一が一方的に総講頭を罷免され、創価学会の破門が通告され、さらには、大客殿が解体されるに至るとは、誰人も予測しえなかったにちがいない。

同志の赤誠を踏みにじったのみならず、信徒を奴隷のごとく支配するために、創価学会という仏意仏勅の団体を壊滅しようとした、嫉妬に狂った日顕の大罪は、仏法の眼から見れば、永遠に消えることはない。

北海道に到着した伸一は、北海道女子部の部長であった故嵐春子をしのんで、桜の木の植樹を行った。

歳月は、やがて、去りし人を忘れさせる。だが、伸一は、健気に広宣流布に生き抜いた同志を顕彰し、その功労を、永遠に残していきたかった。

また、この桜の植樹をもって、北海道の女子部員たちが、嵐山の死の悲しみを乗り越え、希望の未来へと出発する契機としたかったのである。


北海道の幹部会で伸一は、学会への世間の中傷がいかに根拠のないものであるかを語った。
「社会の指導者といわれる人でも、学会の真実を見極めたうえで語っているわけではありません」

ひとたび、植えつけられた先入観や固定観念を覆すのは、容易なことではない。しかし、それを打ち破り、真実を見抜く、人びとの眼を開かせることから、新しき時代の建設は始まるのである。

伸一は、なぜ、学会が公明政治連盟を結成して、同志を政界に送り出すのかに言及していった。

「北条時宗への御状」の「国家の安危は政道の直否に在り仏法の邪正は経文の明鏡に依る」の御文を講義した。

「政治の善し悪しは、人びとが生き、幸福になっていくうえで、極めて大きな役割を果たしています。その政治が民衆を忘れ、政治家の権力や名誉欲、あるいは、派閥の力学で左右され、理念も慈悲もない政治が行われていけば、民衆は不幸です。」

ある政界の指導者に話したと語る。
「私たちは、社会の指導者と言われる人たちが、創価学会の真実を正しく理解することを願っています。」

「善良な民衆の、正しい力、偉大なる力を封じ込めようとする政治家が多くなるならば、日本の国は衰亡していくにちがいありません。」

「ともあれ、民衆を忘れた慈悲なき政治では、人びとの幸福はありえない。しかし、ただ、その現実を嘆いているだけでは、事態は変わらない。ですから、私どもは、公明政治連盟をつくり、慈悲の精神を政治に反映しようと、同志を政界に送ろうとしているのです。」

「私たち、創価学会の根本は何か。それは、その法華経を行じられた、末法の御本仏日蓮大聖人の御指南であり、御書です。無責任な評論家の言葉でもなければ、週刊誌などの批判記事でもない。誰がなんと言おうが、規範として従うべきは御書の仰せ以外にはありません。」

山本会長の講義を直接聴くのは、初めての北海道の地区幹部は、誰もが伸一の確信に胸を打たれ、御書に認められた大聖人の御言葉が、過去のものではなく、現在の自身への指導として、皆の心を射抜いた。


太字は 『新・人間革命』第6巻より抜粋

大客殿建立

『新・人間革命』第6巻 加速の章 P190~

1962年2月度の本部幹部会で弘教の結果117,547世帯の本尊流布が発表され、どよめきが起きた。
伸一が会長に就任して以来1年11か月、広宣流布の潮は、もはや誰びとも止めることのできない、時代の潮流となっていったのだ。

新しき発展は、新しき友の成長にかかっているからである。
一人ひとりが御書を心肝に染め、御書を根本にして立つ以外にないと結論していた。

教学の指導にあたるメンバーに対して「どうか、皆さんは、御書の一節でもよいから、徹底して実践し、身で読んでいただきたい。それが大聖人の教えを、すべて読みきったことに通じるからです。」

「皆さんが広布推進の原動力であることを深く自覚するならば、当然、その講義には情熱がみなぎり、わかりやすく、明快で、深いものになるはずです。」と指導した。

3月には、大石寺の大坊が完成し、完成報告法要が営まれた。日達法主から「慶讃文」が読み上げられ、護持建立の誠を尽くす山本会長の功績は甚大であり、信徒の範とすべきであるとしたうえで、最後に、伸一を法華講大講頭に任じ、その功績に報いることが述べられた。
学会の代表は、ここで初めて、山本会長の大講頭の就任を知ったのである。

3月後半には 伸一の行動は、加速度を増した。この年の11月には、学会は 300万世帯を達成する。
その数を考えれば、各県に最低、1、2の会館は必要であったが、大客殿の建立はじめ、寺院の建設など、宗門の整備を最優先にしていたのだ。

会員は交通費を節約し、何時間をかけ、会館に集ってくるのだった。伸一は、会員の負担を減らすには、どうすればよいのかを考えていくことだと幹部に話す。

「また、私とも呼吸を合わせていただきたい。私と呼吸を合わせていくには、広宣流布の全責任を担おうとする、強い一念をもつことです。そして、苦労している同志のことを、いつも気遣い、励まし、勇気づけ、身を粉にして、奉仕していくことです。わが同志を守り抜くことが、私の精神だからです。」
と語る。

「幹部は、自己中心的な考えや虚栄心を捨てて、徹して、会員に付くし抜こうとの一念を定めることです。そこにこそ、真実の仏法の道がある。」

「ともかく、同志のため、わが会員のため、と決心し、皆がいかんなく力を発揮していけるようにしなければならない。それが真の指導者です。」


4月2日 戸田城聖の 5回忌法要と大客殿の起工式が行われた。


太字は 『新・人間革命』第6巻より抜粋

絶対的幸福境涯の確立

『新・人間革命』第5巻 勝利の章 P240~

女子部総会で講演を行う山本伸一。信仰の目的は 絶対的幸福境涯を築き上げることであり、そのためには、御本尊への唱題以外ないと話す。

戸田先生が会長になったころ、"そんなに偉大な教えならば、もっと大勢の人が、もっと早く信心をしているはずではないか"と批判された。

それから10年がたち、200万世帯を超える人が信心するようになると今度は、"学会員は多くなったが、有名人はあまりいませんね"という人がいた。

有名人だからといって、仏法に精通しているとは言えない。著名な学者や哲学者で、仏法を研究したことのある人でも、大聖人の仏法を学び、修行し、実践したわけではない。

「有名人であればすばらしい人であるかのように思い、その言動をそのまま受け入れてしまう現代の風潮こそ、私は自ら考えることを忘れた姿であり、良識が失われつつあることを物語っていると思うのであります。」

「いつの世にも、学会への非難や中傷、また、無責任な批判は、必ずあるものです。むしろ、それは、御聖訓に照らして、仏法が、学会が真実であり、正義であることの証明にほかなりません。そうした、煙のように移ろいやすい、無責任な批判に、断じて、一喜一憂してはならないと思います。」

「仏法を本当に知っているのは誰か。それは、まぎれもなく、日々、信心に励んでいる、仏法を実践している私どもであります。したがって、皆さんは、誰に対しても、『仏法のことを一番知っているのは私たちです。教えてあげましょう』といえる人たちであります。さらに、『その証拠として、私の生活を見てご覧なさい』と、言い切れるように、なっていただきたいのであります」

「どうか、その崇高な使命を自覚して、一人ひとりが、さらに仏法を研鑽していっていただきたいと思います。そして、女子部は全員が教学部員になることを目標にしてはどうかと提案し、私のあいさつといたします」

教学は信仰の道標である。人間の感情は、移ろいやすい。燃え立つばかりの信仰への情熱も、時には冷め、心揺らぐこともある。その時に、自らの進むべき信仰の道を照らし出すのが教学である。

また、仏法者の生き方の根幹をなす哲学を身につけることも、教学を学ぶことから始まる。

それゆえに、伸一は、若い女性たちが信仰と人生の「芯」を確立するために、教学部員になることを提案したのである。

伸一は、来賓として招待されていた婦人部の幹部に、女子部を守り応援するよう話す。
当時、女子部出身の婦人部幹部のなかには、後輩たちが独自に自由に、伸び伸びと活動を進めることに対して、快く思っていない人もいたからである。

経験豊富な先輩から見れば、若い世代の未熟さが目につくものであるし、また、新しい感覚や発想というのはなかなか、理解しがたいものだ。

世代の感覚は、時代を経るごとに大きく変わっていく。そして、若い世代の感覚や発想がいつの間にか、社会の主流となっていくものであろう。

信心という原点は不変であるが、活動の在り方は、時代の流れや世代の感覚に即して、変化させていく柔軟性が必要であろう。

伸一は、青年たちが、新しい試みを行うことに対して、婦人だけでなく、壮年の間にも、何か批判的な空気があることを察知し、心を砕いてきた。

しかし、青年が新しい流れをつくろうとするなら、自分たちの力で実績を示し、先輩たちを納得させていかなければならないことである。

自らの手では、何も成し遂げることができず、ただ、"先輩が、自分たちを認めてくれない"というのでは、甘えにすぎない。そんな惰弱なことでは、広宣流布の後継の使命を、果たせるわけがあるまい。

伸一は、愛する後継の青年たちを、軟弱な人間にはしたくなかったからこそ、何も言わずに、じっと見守ってきたのである。この“青年が自分たちの力でどこまでできるか見る”という育成の仕方は、戸田城聖の山本伸一に対する訓練でもあった。

伸一が、入会当初、青年部の先輩たちの姿を見て、学会が好きになれなかった。その思いを戸田に打ち明けた時、「それならば、伸一、君自身が、本当に好きになれる学会をつくればよいではないか。うんと苦労し、真剣に戦って、君の力で、理想的な学会をつくれ!」といわれたのであった。

新しき時代の幕は、青年が自らの力で、自らの戦いで、開くものだ。他の力によって用意された檜舞台など、本物の獅子が躍り出る舞台ではない。時代のリーダーたらんとするならば、その舞台は、自らの手で勝ち取る以外にない。

かつて女子部長をつとめ、現在婦人部の幹部になっている石川栄子は、女子部の後輩たちに対して、甚だしく、傲慢であった。彼女は自分が中心でなければ気がすまないという、心の偏狭さがあった。

また、夫を“偉くしたい”という思いも、人一倍強かった。理事の石川幸男と結婚していたが、戸田が逝去すると、次の会長は自分の夫なのだから、つくべき人を間違えてはいけないと、女子部の幹部に吹聴していった。夫を会長にするための画策である。

いかに幹部になっても人生の目的が広宣流布から名聞名利へと入れ替わってしまうならば、すべてが狂ってしまう。そして、最後は同志を苦しめ、仏法を破壊する魔性の働らきとなっていくものである。

信仰とは、自己自身との生涯の戦いであり、それを忘れた瞬間から、堕落と人生の敗北が始まる。


太字は 『新・人間革命』第5巻より抜粋
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