小説 新・人間革命に学ぶ

人生の 生きる 指針 「小説 新・人間革命」を 1巻から30巻まで、読了を目指し、指針を 残す

支部制

弘教の法旗を掲げるための支部制

『新・人間革命』第26巻 法旗の章 143p~

学会の教学試験は、1973年(昭和48年)に制度が変更されていた。昇格のための試験を、初級、中級、上級としたのである。剣豪の修業を思わせる教学の研鑽は、学会の伝統であり、その根本精神は、一歩たりとも交代することがあってはならない。時代の変化への迅速な対応を怠る時、組織は硬直化していく。

師範会議で伸一は、この会議が、学会の教義上の最高決議の場であることから、御書の読み方や、とらえ方などについて協議を重ねていった。真摯に御書に取り組み、正確に、厳格に拝していくという教学への姿勢を示す、師範会議となった。

伸一は教学を広宣流布の推進力とし、学会創立50周年にあたる1980年をめざしたいと訴えた。彼の率先垂範の渾身の行動が、この年の教学運動の起爆剤となっていった。そして、教学研鑽の息吹が、求道の炎が、日本全国、津々浦々を包んでいったのである。

勢いーーそれは、"断じて成し遂げよう!"という、強い決意と闘魂から生まれる。それは、"断じて成し遂げよう!"という、強き決意と闘魂から生まれる。それは、自ら勇んでなそうとする、自主、自発の行動から生まれる。それは、間髪を容れぬ迅速な実践によって生まれる。それは、皆が互いに競い合い、触発し合う、切磋琢磨から生まれる。そして、戦いは、勢いのある方が勝つ。

山本伸一は、この1978年を『七つの鐘』が鳴り終わる明79年への有終の美を飾る年であるとともに、新時代に飛翔する助走の年ととらえていた。それゆえに、この一年は、可能な限り、全国各地を回る決意を固めていたのである。

伸一は、会合などの行事と行事の間の時間こそが勝負であると思っていた。彼にとっては、皆が"空き時間"と思う時間もまた、真剣勝負の激闘であった。わずかな時間をも無駄にせず、いかに有効に使うか。いかに見えざる努力をするかーーそこに、一切の勝敗の分かれ目がある。また、見えないところで、黙々と頑張る人こそが人材なのである。

「上昇、発展への流れをつくるには、人間の一念が変わらなければならない。現状が厳しいからとか、人材がいないからとか、停滞の理由を並べ立てていても、事態はいっこうに変わりません。現状追随からくる"あきらめ"の一念を、"そうした現状を打開するために私がいるのだ!"という、一人立つ精神へ、挑戦と敢闘の一念へと転じていくんです」

「学会の草創期、各支部は、弘教の法旗を高らかに掲げて、"不幸を討ち取らん!"と、誇らかに民衆の大行進を続けていった。広布第二章の「支部制」の魂は、支部長、支部婦人部長はもとより、全同志が、その一念に立ち返ることにあるんです」

「学会の組織は、人びとを一生成仏へと導く使命をもち、私どもの一人ひとりへの対応が、幸・不幸を決定づけてしまう場合もある。ゆえに、何かあったら、直ちに指導、激励の手を差し伸べるためにも、速やかで正確な、連絡・報告を心がけていただきたい」

さらに伸一は、連絡・報告や指導等にも、日蓮大聖人が諸御抄で示されている、「広」「略」「要」があることを述べた。「連絡や報告も、多くを語っている時間がなければ、的確に『要』を取って語ることです。少し時間があれば、『略』でいいでしょう。また、物事の背景なども含めて、しっかりと全体像を伝え、意見を交換するような場合には、『広』が必要です。」

伸一は、幹部としての基本を、再度、明らかにすることに力を注いだ。伸一の指導は、極めて具体的であった。

「私たちが、信心に励むのは、人生のあらゆる試練や苦難に打ち勝って、幸せになるためです。それには、何ものにも負けない強さが必要です。では、強さとは何かーー。よく『人生の確かな目的を持った人は強い。信念のある人は強い。まことの友人を持った人は強い』と言われますが、三つの条件は、すべて私たちに、創価学会のなかに備わっています。

私たちには、一生成仏、広宣流布という高邁なる目的がある。そして、日蓮大聖人の仏法を持つなかに、自他供の崩れざる幸福があるとの、不動の信念があります。また、心から信じ合える同志が、おり、仏法兄弟として励まし合っていける友情のスクラムがある。いわば、私どもは、自分を強くしていける最高の条件をそなえており、それを事実のうえに示し、幸せになるための信心なんです」



太字は 『新・人間革命』第26巻より 抜粋
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支部制の原動力は婦人部

『新・人間革命』第26巻 法旗の章 129p~

エドワード・ケネディ上院議員は、柔和な笑みを浮かべて語った。「私は創価学会の活動を、尊敬の念をもって見ております。今回会長を表敬する機会が持てましたことを、心から嬉しく思っております」
議員は、訪問してきたばかりの中国に対する、伸一の見解を尋ねた。

議員と伸一の語らいは、国際情勢に移っていった。議員の核廃絶への情熱のこもった語り口は、兄のジョン・F・ケネディ大統領を彷彿とさせた。

伸一は、1963年(昭和38年)の2月に、ワシントンで大統領と会見することが決まっていたが、直前になって、日本の政権政党の大物といわれる政治家から横やりが入り、会見を白紙に戻した。同年、11月、ケネディ大統領は、46歳の若さで凶弾に倒れたのである。

弟のエドワード上院議員の声には、大統領であった兄の理想を、自分が果たそうとの、強い気迫があふれていた。ケネディ議員は、南北問題について語り始めた。「『道義』なき政治は無力でした」

伸一は、鋭い着眼点に、感嘆しつつ語った。「大事なのは、人間の生命は等しく尊厳無比であるとの人間的価値観が、『道義』の根本をなすということです。『人類は、一つの共同体である』との国際世論を高めていくべきです。そこに、明確な目標を定めて挑戦していただきたいんです」

議員は、笑みをうかべていった。「私は会長の思想に賛同します。復帰すべきところは『人間』です。『人間に帰れ』です」会見には、魂の共感があった。日米の間にまた一つ、友好の橋が架けられた。

山本伸一は、「支部制」による新しき発展の原動力は、婦人部であると考えていた。ちょうど、婦人部では、1月の10日から、各県区の総会がスタートし、今後の活動の基軸の一つとして、小単位の学習・懇談が打ち出されていた。

婦人部勤行会で伸一は、遊楽へと転ずる具体的な実践が、ご本尊への唱題であると結論を述べて、その原理を明らかにしていった。仏法で説く「遊楽」とは、単に財産や地位、名声、技能などがあるということでもなければ、健康であるといった相対的なものでもないと述べた。そして、それは、自らの生命の奥底から沸きいずる充実と歓喜であり、絶対的幸福境涯であると訴えた。

「最も大事なことは、どんな大試練に遭遇しても、決して負けたり、挫けたりすることのない、自身の境涯を築いていくことです。どんな事態に遭遇しても、それを乗り越え、幸福を創造していける力をもってこそ、本当の遊楽なんです」

「信心強き人とは、何があっても"題目を唱えよう"と、御本尊に向かえる人です。その持続の一念が強ければ強いほど、磁石が鉄を吸い寄せるように福運がついていきます」

「ご本尊の力を実感していくうえでも、祈念は、具体的でなければならないということです。また、日々、唱題の目標を決めて、挑戦していくこともいいでしょう。祈りは必ず叶います。それが、歓喜となり、確信となり、さらに信心が強まっていきます。たとえ、すぐに願いは叶わなくとも、冥益となって、時とともに所願満足の境涯になることを確信していただきたい」

「幸福を築いていくには、学会の組織のなかで、同志と共に生き抜いていくことです。一人立つことは大事です。しかし、独りぼっちになってはいけません。信心の成長は、善智識となる先輩、同志とスクラムを組み、互いに触発し合っていく団結の輪のなかにあることを、忘れないでください。

また、自分を、家庭を大切にしていってください。信心も、広宣流布も、家庭の姿のなかに集約されてしまうものだからです。

先行きの見えぬ社会であり、人びとの不安は広がり、何が起こるかわからない時代の様相を呈しています。しかし、強情な祈りがあれば、何があっても、必ず変毒為薬していくことができる。信仰とは無限の力です。無限の希望です。仏法に行き詰まりはないことを確信して、新しい船出を開始しましょう」

1月15日には、全国各地で教学部上級登用筆記試験が行われた。これは「教学の年」第2年の出発となる教学試験であった。


太字は 『新・人間革命』第26巻より 抜粋
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支部制発足に伴う指導部の使命

『新・人間革命』第26巻 法旗の章 120p~

伸一は、草創の12支部の代表からなるグループの結成を推進していったのである。彼は、草創期の活動を知るメンバーが、その精神と実践を後輩たちに示し、不撓不屈の創価の魂を伝え抜いていってほしかったのである。

伸一は、戸田の移動は、まことに峻厳であったことを語った。「いかに時代は変わろうが、正法正義を貫くことの厳しさは、永遠に変わりません。戸田先生の薫陶を受け、草創の時代を切り開いてこられた皆さんは、今こそ、私と共に、身をもって、その精神を、その実践を、多くの後輩たちに示し抜いていただきたい。

今、広布第二章の『支部制』がスタートしましたが、それは、これまでの総ブロック長や総ブロック委員が、草創の12支部の支部長、支部婦人部長の自覚に立ち、新しい創価学会の建設に着手するためです。それには、創価の開拓者たる皆さんが、後輩たちのために立ち上がることです。その意味からも、自身の信心の歩みを、絶対にとどめてはならない」

人材の育成とは、先輩が見事なる手本を示し、触発することにある。人は、めざすべき模範を見いだした時、大きな成長を遂げる。山本伸一は、『支部制』を軌道に乗せ、支部長・婦人部長のもと、全支部員が心を一つにし、活力あふれる前進ができるように、指導部の育成にも力を注いだ。

伸一は、「支部制」を支えていく最大のカギは、指導部にこそあると考えていたのだ。指導部の使命は、後の「多宝会」などにつながるといえよう。

「ライン組織の正役職者は、なすべき課題が山積し、多忙を極め、相当の活動量になっています。したがって体力も求められます。そのために、どうしても、若いリーダーが中心にならざるを得ない面があります。

しかし、あまりにも多忙であるがゆえに、ラインのリーダーによる激励、指導の手は、必ずしも全会員に十分に届いていない場合もあります。そこで、信心重厚にして経験豊富な、"広布の宝"ともいうべき指導部の皆さんが、会員一人ひとりに、こまやかな激励、指導の手を差し伸べていただきたいんです。

指導部の皆さんとライン組織のリーダーが異体同心の団結を図ってこそ、広宣流布の組織は盤石なものとなるのであります。伸一は、指導部の使命について、声を大にして訴えた。

「どうか、"広布の赤十字"となっていただきたい。悩める一人ひとり、病める人、信心への確信弱き人、疲れた人、我見や愚痴の人などと粘り強く対話し、一人も落とすまいと、信心の励ましの手を差し伸べてください。

皆さんの、長年の信仰体験と確信は、そのための最大の力なんです。指導部は、各組織、各地域にあって、広宣流布を支える"黄金の信心の柱"です。『あの人がいるから大丈夫だ。私たちの誇りである』と言われる、"同志の鑑"に、"安心の依処"になってください。

組織の役職と、信心の位とは、イコールではありません。懸命に活動し、正しい信心の指導をできる人が、信心の高位の人であり、御本尊の賞賛を受ける人です。また、地域にあっては"学会の全権大使"であるとの自覚で、信頼の輪を広げていってください」

伸一は、草創期を戦い抜いた功労の同志たちに、最後まで広宣流布の使命に生き抜き、見事な人生の総仕上げをするよう訴え続けてきた。大切なのは、最後の最後まで戦い続けることだ。この世の使命を果たし抜いていくことだ。

「総ブロック」から「支部」への移行は、支部長・婦人部長をはじめ、支部幹部の意識を大きく変え、自覚を変えた。組織を活性化させ、地域広布を推進する根本は、人間の一念の転換にこそある。そして、一切の状況、環境を転換することができる。それが依正不二の原理である。

山本伸一は、人類の平和を築くために、世界の指導者との語らいも続けた。1月12日、伸一は、アメリカのエドワード・M・ケネディ上院議員を聖教新聞社に迎え、会談した。彼は、ケネディ家の4男である。彼は、中国を訪問したあと日本に寄った。東京滞在は、二泊三日である。そのなかでの伸一との会談であった。エドワード・ケネディ上院議員と伸一は、これまで、何度か書簡を交わしてきた。




太字は 『新・人間革命』第26巻より 抜粋
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広布第二章の支部制発足

『新・人間革命』第26巻 法旗の章 109p~

<法旗の章 開始>

創価学会は、1978年(昭和53年)を「教学の年」第二年と定め、御書の研鑽と座談会の充実を活動の基軸にして、晴れやかなスタートを切った。伸一は、新年勤行会に出席するため、徒歩で自宅を出発した。勤行会の参加者と記念撮影となり、皆に語った。「今、日本の経済を見ても、円高不況などと言われ、企業の倒産や人員整理が相次ぎ、暗い材料ばかりです。

"大変だな。苦しいな"と思ったら、"だからこそ、私が立つのだ!""だからこそ、宿命転換するのだ!"と自分に言い聞かせてください。今年は、合言葉は、"だからこそ!"でいきましょう!」

新年勤行会のあいさつでは法華経寿量品の「毎自作是念」について言及した。「『毎自作是念』とは、常に心の奥底にある一念といえます。私たちは、大聖人の大願である広宣流布を、全民衆の幸せを、わが一念とし、わが使命と定めようではありませんか。そして、日々、久遠の誓いに立ち返り、広布を願い、祈り、行動する一人ひとりであってください。私も『毎日が元日である』と決めて、精神の息吹で、本年もまた、わが法友のため、世界の平和のために、力の限り奔走してまいる決意であります!」

元日の夜、伸一は、静岡研修道場へ向かった。学会では、前年、各地にある「研修所」の名称を、「研修道場」に改めていった。伸一は、静岡研修道場にある牧口園を訪問し、逮捕・投獄されてから35年にあたるこの年に先師・恩師を偲び、一年の勝利を誓い、新たに出発したかったのである。

常に伸一が心に思い描いてきたのは、牧口と戸田の獄中闘争であった。"あの壮絶な闘争を思えば、私など、まだまだだ!獅子吼のごとき唱題で、無限の力を奮い起こし、勇猛果敢に戦うのだ。もっと、もっと、もっと!"

翌二日は、伸一の50歳の誕生日である。50歳という人生の意味を思った。日蓮大聖人は数え年50歳で竜の口の法難に遭い、佐渡に流罪されている。"私も大聖人の門下なれば、いかなる試練があろうが、勇躍、一閻浮提広宣流布の大道を切り開いていこう!"こう決意を固めて、伸一は、新しき年の大闘争を開始したのだ。

1月6日には、本部幹部会の席上、広布第二章の「支部制」の実施が発表されたのである。総ブロック長、総ブロック委員として活躍してきた新支部長・婦人部長は、この発表に燃えた。それは、草創期の支部幹部の、わが身をなげうつような大闘争を、直接、目にしたり、あるいは伝え聞いてきたからである。

戸田城聖が第二代会長に就任する直前、学会は、12支部の陣容でスタートした。支部長・婦人部長は、法旗を敢然と掲げ、広宣拡大の闘将として立ち、日々、月々、年々に組織を大発展させてきたのだ。

山本伸一も青年時代には、草創の文京支部長代理として、広宣流布の指揮を執った。その時、彼が決意したことは、全支部員を一人も漏れなく幸福にするということであった。そして、そのために、皆がきちんと勤行し、活動の最前線に躍り出て、弘教の大歓喜を実感し、信心への大確信をもってほしいと念願し、活動を続けてきた。

社会は激流である。強き生命力と、不動な信念と、豊かな知恵なくしては、渡り切っていくことはできない。その源泉は、信心しかないのだ。伸一が、支部長代理として指揮を執り始めると、支部の雰囲気は一変した。

その要因は、幸せの”秘術”こそ学会活動にあることを皆が知り、勇んで弘教に走るなかで、次々と功徳の体験が生まれたことにあった。座談会が開かれると、誰もが、先を争うようにして、功徳の体験を語り始める。強靭な組織、無敵の組織とは、功徳の体験の花が、万朶と咲き誇る組織である。

学会は、広布第2章に入って、全国に立派な会館が次々と建設され、法城は着実に整いつつあった。大事なことは、さらに人材をつくることであると、伸一は強く感じていた。そこで、伸一は、「支部制」に移行し、支部組織を地域にもうけることによって、草創の支部のような精神の息吹を巻き起こし、学会の隅々にまで"戦いの魂"を燃え上がらせ、闘将を育てようと決意したのである。

そのための布石は、既に前年の1977年2月から始まっていた。


太字は 『新・人間革命』第26巻より 抜粋
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