『新・人間革命』第26巻 法旗の章 143p~
学会の教学試験は、1973年(昭和48年)に制度が変更されていた。昇格のための試験を、初級、中級、上級としたのである。剣豪の修業を思わせる教学の研鑽は、学会の伝統であり、その根本精神は、一歩たりとも交代することがあってはならない。時代の変化への迅速な対応を怠る時、組織は硬直化していく。
師範会議で伸一は、この会議が、学会の教義上の最高決議の場であることから、御書の読み方や、とらえ方などについて協議を重ねていった。真摯に御書に取り組み、正確に、厳格に拝していくという教学への姿勢を示す、師範会議となった。
伸一は教学を広宣流布の推進力とし、学会創立50周年にあたる1980年をめざしたいと訴えた。彼の率先垂範の渾身の行動が、この年の教学運動の起爆剤となっていった。そして、教学研鑽の息吹が、求道の炎が、日本全国、津々浦々を包んでいったのである。
勢いーーそれは、"断じて成し遂げよう!"という、強い決意と闘魂から生まれる。それは、"断じて成し遂げよう!"という、強き決意と闘魂から生まれる。それは、自ら勇んでなそうとする、自主、自発の行動から生まれる。それは、間髪を容れぬ迅速な実践によって生まれる。それは、皆が互いに競い合い、触発し合う、切磋琢磨から生まれる。そして、戦いは、勢いのある方が勝つ。
山本伸一は、この1978年を『七つの鐘』が鳴り終わる明79年への有終の美を飾る年であるとともに、新時代に飛翔する助走の年ととらえていた。それゆえに、この一年は、可能な限り、全国各地を回る決意を固めていたのである。
伸一は、会合などの行事と行事の間の時間こそが勝負であると思っていた。彼にとっては、皆が"空き時間"と思う時間もまた、真剣勝負の激闘であった。わずかな時間をも無駄にせず、いかに有効に使うか。いかに見えざる努力をするかーーそこに、一切の勝敗の分かれ目がある。また、見えないところで、黙々と頑張る人こそが人材なのである。
「上昇、発展への流れをつくるには、人間の一念が変わらなければならない。現状が厳しいからとか、人材がいないからとか、停滞の理由を並べ立てていても、事態はいっこうに変わりません。現状追随からくる"あきらめ"の一念を、"そうした現状を打開するために私がいるのだ!"という、一人立つ精神へ、挑戦と敢闘の一念へと転じていくんです」
「学会の草創期、各支部は、弘教の法旗を高らかに掲げて、"不幸を討ち取らん!"と、誇らかに民衆の大行進を続けていった。広布第二章の「支部制」の魂は、支部長、支部婦人部長はもとより、全同志が、その一念に立ち返ることにあるんです」
「学会の組織は、人びとを一生成仏へと導く使命をもち、私どもの一人ひとりへの対応が、幸・不幸を決定づけてしまう場合もある。ゆえに、何かあったら、直ちに指導、激励の手を差し伸べるためにも、速やかで正確な、連絡・報告を心がけていただきたい」
さらに伸一は、連絡・報告や指導等にも、日蓮大聖人が諸御抄で示されている、「広」「略」「要」があることを述べた。「連絡や報告も、多くを語っている時間がなければ、的確に『要』を取って語ることです。少し時間があれば、『略』でいいでしょう。また、物事の背景なども含めて、しっかりと全体像を伝え、意見を交換するような場合には、『広』が必要です。」
伸一は、幹部としての基本を、再度、明らかにすることに力を注いだ。伸一の指導は、極めて具体的であった。
「私たちが、信心に励むのは、人生のあらゆる試練や苦難に打ち勝って、幸せになるためです。それには、何ものにも負けない強さが必要です。では、強さとは何かーー。よく『人生の確かな目的を持った人は強い。信念のある人は強い。まことの友人を持った人は強い』と言われますが、三つの条件は、すべて私たちに、創価学会のなかに備わっています。
私たちには、一生成仏、広宣流布という高邁なる目的がある。そして、日蓮大聖人の仏法を持つなかに、自他供の崩れざる幸福があるとの、不動の信念があります。また、心から信じ合える同志が、おり、仏法兄弟として励まし合っていける友情のスクラムがある。いわば、私どもは、自分を強くしていける最高の条件をそなえており、それを事実のうえに示し、幸せになるための信心なんです」
太字は 『新・人間革命』第26巻より 抜粋
師範会議で伸一は、この会議が、学会の教義上の最高決議の場であることから、御書の読み方や、とらえ方などについて協議を重ねていった。真摯に御書に取り組み、正確に、厳格に拝していくという教学への姿勢を示す、師範会議となった。
伸一は教学を広宣流布の推進力とし、学会創立50周年にあたる1980年をめざしたいと訴えた。彼の率先垂範の渾身の行動が、この年の教学運動の起爆剤となっていった。そして、教学研鑽の息吹が、求道の炎が、日本全国、津々浦々を包んでいったのである。
勢いーーそれは、"断じて成し遂げよう!"という、強い決意と闘魂から生まれる。それは、"断じて成し遂げよう!"という、強き決意と闘魂から生まれる。それは、自ら勇んでなそうとする、自主、自発の行動から生まれる。それは、間髪を容れぬ迅速な実践によって生まれる。それは、皆が互いに競い合い、触発し合う、切磋琢磨から生まれる。そして、戦いは、勢いのある方が勝つ。
山本伸一は、この1978年を『七つの鐘』が鳴り終わる明79年への有終の美を飾る年であるとともに、新時代に飛翔する助走の年ととらえていた。それゆえに、この一年は、可能な限り、全国各地を回る決意を固めていたのである。
伸一は、会合などの行事と行事の間の時間こそが勝負であると思っていた。彼にとっては、皆が"空き時間"と思う時間もまた、真剣勝負の激闘であった。わずかな時間をも無駄にせず、いかに有効に使うか。いかに見えざる努力をするかーーそこに、一切の勝敗の分かれ目がある。また、見えないところで、黙々と頑張る人こそが人材なのである。
「上昇、発展への流れをつくるには、人間の一念が変わらなければならない。現状が厳しいからとか、人材がいないからとか、停滞の理由を並べ立てていても、事態はいっこうに変わりません。現状追随からくる"あきらめ"の一念を、"そうした現状を打開するために私がいるのだ!"という、一人立つ精神へ、挑戦と敢闘の一念へと転じていくんです」
「学会の草創期、各支部は、弘教の法旗を高らかに掲げて、"不幸を討ち取らん!"と、誇らかに民衆の大行進を続けていった。広布第二章の「支部制」の魂は、支部長、支部婦人部長はもとより、全同志が、その一念に立ち返ることにあるんです」
「学会の組織は、人びとを一生成仏へと導く使命をもち、私どもの一人ひとりへの対応が、幸・不幸を決定づけてしまう場合もある。ゆえに、何かあったら、直ちに指導、激励の手を差し伸べるためにも、速やかで正確な、連絡・報告を心がけていただきたい」
さらに伸一は、連絡・報告や指導等にも、日蓮大聖人が諸御抄で示されている、「広」「略」「要」があることを述べた。「連絡や報告も、多くを語っている時間がなければ、的確に『要』を取って語ることです。少し時間があれば、『略』でいいでしょう。また、物事の背景なども含めて、しっかりと全体像を伝え、意見を交換するような場合には、『広』が必要です。」
伸一は、幹部としての基本を、再度、明らかにすることに力を注いだ。伸一の指導は、極めて具体的であった。
「私たちが、信心に励むのは、人生のあらゆる試練や苦難に打ち勝って、幸せになるためです。それには、何ものにも負けない強さが必要です。では、強さとは何かーー。よく『人生の確かな目的を持った人は強い。信念のある人は強い。まことの友人を持った人は強い』と言われますが、三つの条件は、すべて私たちに、創価学会のなかに備わっています。
私たちには、一生成仏、広宣流布という高邁なる目的がある。そして、日蓮大聖人の仏法を持つなかに、自他供の崩れざる幸福があるとの、不動の信念があります。また、心から信じ合える同志が、おり、仏法兄弟として励まし合っていける友情のスクラムがある。いわば、私どもは、自分を強くしていける最高の条件をそなえており、それを事実のうえに示し、幸せになるための信心なんです」
太字は 『新・人間革命』第26巻より 抜粋