『新・人間革命』第9巻 光彩の章 P241~
伸一一行は、翌日には、トルコのイスタンブールからイタリアのローマへ向かった。ローマ地区の地区部長・地区担当員らと懇談会をもち個人指導に全力を注いだ。同行の幹部が「みんな個人的には、いろいろな悩みを抱えて、しかも、皆、その悩みを克服できずにいる。学会のリーダーとして疑問に思う」と漏らした。
伸一は、鋭い声で言った。「それでは、君は、地位もお金もあり、なんの悩みもない人を探して、リーダーにするつもりなのか」「そんな人はまずいないよ。皆、なんらかの課題や悩みを抱えている。それに、苦悩のない人からは、偉大な人間性の輝きは生まれない。悩みを抱えているということ自体は、恥でも何でもない。今の学会の首脳幹部も、悩みをバネにしながら、学会活動に挑戦してきたではないか。」
「言い換えれば、悩みがあるからこそ、真剣に、広布の活動に励めたといえる。学会のリーダーとして、最も重要なことは、悩みに負けないということだ。これが一番の条件だ。」
ローマの街を視察し、若い新婚カップルと語り合う伸一。「これからの世界の平和を考えるうえで、大切なことは、人間と人間とが結び合うことだ。国家とか、民族といったもので、人間を束ねてしまうと、人間の実像から、離れていってしまう。」
翌日は、パリへと向かった。ヨーロッパ本部長の川崎に、今度は千人の結集をめざしてはどうかと提案する。「大事なのは、常に目標をもつということです。目標がなければ、空虚になり、活動も空転してしまう。」
「中心者に、“挑戦の心”と“強い生命力”がないと、たやすく達成できる目標を掲げたり、いい加減に目標を決めて、それを、みんなに押しつけたりするようになる。それでは、みんなが本気になって力を出すことはできない。だから中心者には、”挑戦の心”が“強い生命力”がなくてはならない。」
「さらに、自分一人になっても、この目標は達成してみせるという、偉大なる責任感がなければならない。リーダーの、その心意気に、気迫に打たれて、みんなも頑張ろうという気になるんです。」
そこに30代半ばの長身の画家である長谷部彰太郎というメンバーがやって来た。彼は、1年ほど前の入会である。3年前、絵の勉強のためにフランスに来たが、思想的なバックボーンとしたかった社会主義への期待が色褪せ、画家としての生活も苦しく、現実はあまりにも厳しかった。
そんな時、日本で知り合った画家である春野がパリに来た。彼は学会員であり、「優れた芸術の創造のためには、それを生み出す人間を、磨き、深める思想、哲学が不可欠であり、その哲学こそ、日蓮大聖人の仏法だ」と聞かされ、春野の描く絵が、売れ始めていることに、信仰の実証を見る思いがし、入会を決意したのだ。
バンコクを発ち、イランのテヘランへ向かった。テヘランで唯一のメンバーである、太田美樹が指導を求めてやってきた。美術商をやろうと思うが、カナダ人の方から求婚されていて、どちらにすべきか悩んでいるという。
伸一は、「信心さえ、しっかりし抜いていくならば、商売をしても、結婚をしても、すべてうまくいきます。信心は、その人の人生の原動力であるからです。」
「信心は、全うしていかなければ意味はない。そうでなければ、宿命の転換もできないし、幸福の土台ができないからです。しかし、人間は、ともすれば自分に負けてしまう。一時期は頑張っても、周りの人に信心を反対されると、すぐに臆病になってしまう。あるいは、病気になったり、少し生活が行き詰まったりすると、意気地なしになり、不信の心をもってしまう。」
「また、ちょっとした、学会員との人間関係のもつれや怨嫉から、信心をやめたり、仏の和合僧というべき、学会の組織から離れていってしまう。そうならぬためには、自分の感情を中心にするのではなく、あくまでも、仏法の教えを、御書を根本に生きていくことです。」
太田は、新たな決意を固めていた。
伸一は、「信心さえ、しっかりし抜いていくならば、商売をしても、結婚をしても、すべてうまくいきます。信心は、その人の人生の原動力であるからです。」
「信心は、全うしていかなければ意味はない。そうでなければ、宿命の転換もできないし、幸福の土台ができないからです。しかし、人間は、ともすれば自分に負けてしまう。一時期は頑張っても、周りの人に信心を反対されると、すぐに臆病になってしまう。あるいは、病気になったり、少し生活が行き詰まったりすると、意気地なしになり、不信の心をもってしまう。」
「また、ちょっとした、学会員との人間関係のもつれや怨嫉から、信心をやめたり、仏の和合僧というべき、学会の組織から離れていってしまう。そうならぬためには、自分の感情を中心にするのではなく、あくまでも、仏法の教えを、御書を根本に生きていくことです。」
太田は、新たな決意を固めていた。
伸一一行は、翌日には、トルコのイスタンブールからイタリアのローマへ向かった。ローマ地区の地区部長・地区担当員らと懇談会をもち個人指導に全力を注いだ。同行の幹部が「みんな個人的には、いろいろな悩みを抱えて、しかも、皆、その悩みを克服できずにいる。学会のリーダーとして疑問に思う」と漏らした。
伸一は、鋭い声で言った。「それでは、君は、地位もお金もあり、なんの悩みもない人を探して、リーダーにするつもりなのか」「そんな人はまずいないよ。皆、なんらかの課題や悩みを抱えている。それに、苦悩のない人からは、偉大な人間性の輝きは生まれない。悩みを抱えているということ自体は、恥でも何でもない。今の学会の首脳幹部も、悩みをバネにしながら、学会活動に挑戦してきたではないか。」
「言い換えれば、悩みがあるからこそ、真剣に、広布の活動に励めたといえる。学会のリーダーとして、最も重要なことは、悩みに負けないということだ。これが一番の条件だ。」
ローマの街を視察し、若い新婚カップルと語り合う伸一。「これからの世界の平和を考えるうえで、大切なことは、人間と人間とが結び合うことだ。国家とか、民族といったもので、人間を束ねてしまうと、人間の実像から、離れていってしまう。」
翌日は、パリへと向かった。ヨーロッパ本部長の川崎に、今度は千人の結集をめざしてはどうかと提案する。「大事なのは、常に目標をもつということです。目標がなければ、空虚になり、活動も空転してしまう。」
「中心者に、“挑戦の心”と“強い生命力”がないと、たやすく達成できる目標を掲げたり、いい加減に目標を決めて、それを、みんなに押しつけたりするようになる。それでは、みんなが本気になって力を出すことはできない。だから中心者には、”挑戦の心”が“強い生命力”がなくてはならない。」
「さらに、自分一人になっても、この目標は達成してみせるという、偉大なる責任感がなければならない。リーダーの、その心意気に、気迫に打たれて、みんなも頑張ろうという気になるんです。」
そこに30代半ばの長身の画家である長谷部彰太郎というメンバーがやって来た。彼は、1年ほど前の入会である。3年前、絵の勉強のためにフランスに来たが、思想的なバックボーンとしたかった社会主義への期待が色褪せ、画家としての生活も苦しく、現実はあまりにも厳しかった。
そんな時、日本で知り合った画家である春野がパリに来た。彼は学会員であり、「優れた芸術の創造のためには、それを生み出す人間を、磨き、深める思想、哲学が不可欠であり、その哲学こそ、日蓮大聖人の仏法だ」と聞かされ、春野の描く絵が、売れ始めていることに、信仰の実証を見る思いがし、入会を決意したのだ。
太字は 『新・人間革命』第9巻より 抜粋