『新・人間革命』第10巻 幸風の章 P96~

<幸風の章 開始>

1965年8月14日、山本伸一は、アメリカのロサンゼルスへ、向かうことになっていた。しかし、出発直前、ロサンゼルスで、アフリカ系アメリカ人の青年に対する職務質問をした白人警官の侮蔑的な態度に 差別への怒りが爆発し、大騒動が始まったとの知らせが届いた。

同行する幹部は、危険が予想されることから、渡航延期を提案する。しかし、山本伸一は、きっぱりと言った。「私は、今こそ、ロスに行き、メンバーを全力で励まさなければならない。今こそ、アメリカの同志に立ち上がってもらいたいんだ」

「こうした騒ぎが、なぜ起こったのか。その原因は、不当な人種差別にあることは明白だ。」
「しかし、法の上で平等が定められても、依然として差別がなくならないのはなぜか。差別は、人間の心のなかにあるからだ。法の改革から、人間の心の改革へーーアメリカ社会を、真実の自由と民主の国にしていくには、そこに向かって、進んでいかざるをえない。」

「その人間の心の改革を、生命の改革を可能にするのは、断じて仏法しかない。戦後、日本は、アメリカによって、信教の自由が保障され、広宣流布の朝が訪れた。だから、私は、そのアメリカに恩返しをしたいんだ」


伸一は、人間の内なる“差別の心”を打ち破るために、今こそ、仏法という生命の平等の哲学を、アメリカの大地に流布せねばならないと、強く決意を固めていたのだ。

山本伸一の一行は、予定通り、羽田を発った。ロスアンゼルスに到着し、ホテルに向かう車中、正木が騒動の様子を報告した。「ワッツ地区周辺では、まだ、放火や発砲、略奪が続いていますし、むしろ、今後、騒動はさらに激しくなるのではないかといわれております。」さらに、伸一が到着した、14日には、戒厳令とほぼ同等の意味を持つ、「暴動状態」宣言が布告されたのである。

最悪の状況のなかでも、人間の良心と善意の光は、決して消えることはなかった。「暴動は社会的に憎むべきであり、自滅行為だ」公民権運動の指導者で、ノーベル平和賞の受賞者であるマーチン・ルーサー・キングは、こう暴挙を批判している。暴力からは、何も解決は図れない。

8月15日は、エチワンダの寺院の起工式と野外文化祭が行わる日である。会館の通りを挟んだ向かい側には、警察の建物があった。その屋上には、銃を手にした警察官が立っていた。

エチワンダの寺院の建設用地は、オレンジ畑とブドウ畑であり、寺院を建てるには、土地を整備しなければならなかった。

寺院建立予定地は、約1万2千坪の広さである。毎週日曜日に朝から日没まで、100人ほどの人が参加していたが、作業はなかなか終わらなかった。

野外文化祭の練習が始まるが、整地作業はまだ終わらなかった。出演者も整地に携わりながら、演技の練習に励んできた。その努力によって、見事な芝生の庭がつくられたのである。

起工式が行われ、通訳を通して、伝えられる山本会長の指導を聴いて、“このアメリカに、真実の人間の平等を実現するために、ぼくは広宣流布に生き抜こう、それが、ぼくの使命なんだ!”と誓ったアフリカ系アメリカ人のロバートマイケルという青年がいた。

彼は少年時代から、“黒人”ゆえの不当な差別を受け続けてきた。学校でも、教会でも、軍隊でも。そんな彼は、願いは必ず叶うという、確信ある言葉に打たれて、入会した。

学会の世界には、人種による差別など、いっさいなかった。そこには、常に家族以上の温かさがあり、真実の語らいと、励ましと友情があった。

彼は、この起工式の席で、人種差別の解決への、伸一の宣言ともいうべき話を聞いて、電撃に打たれた思いで、自らの使命を再確認したのであった。


太字は 『新・人間革命』第10巻より 抜粋

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