小説 新・人間革命に学ぶ

人生の 生きる 指針 「小説 新・人間革命」を 1巻から30巻まで、読了を目指し、指針を 残す

山口開拓指導

人生の総仕上げの生き方とは

『新・人間革命』第25巻 共戦の章 137p~ 

有職者の壮年も感服し、入会を決意した。民衆を守るために、命がけで戦おうとする情熱と気迫が、参加者の心の扉を開き、共感の調べを奏でたのである。


美藤実は、お人好しな性格であった。人に勧められるままに事業を起こし、そのたびに破綻し、貧乏のどん底に突き落とされた。美藤を見る周囲の目は厳しかった。それはそのまま、創価学会への批判となった。幹部に"信心をしているんだから、何をやってもうまくいく。"という姿勢は信心の堕落、信心の利用だと指摘された。美藤は、自分の信心を、そして、生き方をもう反省し、挑戦を開始した。

山口県婦人部長の直井美子一家は、山口開拓指導の時に入会した。山本伸一の話に衝撃を受け、自分もこの人と共に、仏法に人生をかけてみたいと思い、腹を決めて信心を始めた。梅岡県長は、鳥取県の出身で、山口県とは特に深い縁はなかった。皆には、突然、県長としてやって来たとの印象があった。

直井は、梅岡よりも数年年長であったが、県長として彼を立て、懸命に守り支えてきた。地元生え抜きの、その県婦人部長の姿を見て、各地の功労者らも快く梅岡を応援し、山口の団結がつくられていったといえよう。

「壮年は、婦人を尊敬し、ねぎらい、その意見を尊重することが大事です。もちろん、協議をしても、意見の一致をみない場合もあるでしょう。その時は、多少、不本意でも、皆で話し合って決まったことを、快く受け入れ、心を合わせて頑張ることです。いちばんよくないのは、いざ実行する段階になって、『私は、もともと反対であった』などと言いだすことです。それは、組織の団結を、内側から破壊する行為です」

「さらに、ご婦人の目から見て、細かいことでも、"何か、おかしいな"と思うことがあれば、躊躇せずに、声をあげてください。それが、学会という清浄な世界を蝕む、悪の芽を絶つことになる。婦人の清らかな生命のセンサーが、学会を守るんです」

創価学会の広宣流布運動は、これまで時代の建設とは最もかけ離れた存在と思われていた女性が、前面に躍り出て推進してきた、未聞の民衆運動である。それは、まさに、「草莽崛起の、新しい歴史の幕開けといってよい。

そのために、伸一は、女性が、張り合いと生きがいをもち、楽しく快活に活動が進められるように、心を砕き続けてきたのである。

それから、伸一は、草創の同志に語りかけた。「"総仕上げ"とは、いかなる生き方を意味するのか。第一に、報恩感謝の思いで、命ある限り、広宣流布に生き抜き、信仰を完結させることです。信心には、引退も、卒業もありません。"去って去らず"です」

「学会員は皆、長年、信心してきた先輩たちが、どんな生き方をするのか、じっと見ています。ゆえに、学会と仏法の真実と正義を証明していくために、幹部だった人には、終生、同志の生き方の手本となっていく使命と責任があるんです」

「もちろん、年とともに、体力も衰えていくでしょう。足腰も弱くなり、歩くのも大変な方も増えていくでしょう。それは、自然の摂理です。恥じることではありませんし、無理をする必要もありません。ただ、どうなろうとも、自分なりに、同志を励まし、法を説き、広宣流布のために働いていくんです。また、体は動けなくなったとしても、皆に、題目を送ることはできるではありませんか!」

「第二に、人生の総仕上げとは、それぞれが、幸福の実証を示していく時であるということです。"私は最高に幸せだ。こんなに楽しい、すばらしい人生はない"と胸を張って言える日々を送っていただきたいんです」

「『蔵の財』『身の財』は所詮は、この世限りです。『心の財』は、未来世にまでもわたる財であり、しかも、無限です。『心の財』は、『欲楽』に対して『法楽』と言い、仏の悟りの法を求めることによって得られる楽です。つまり、信心によってのみ得られる幸せなんです。

『法楽』は、生命のなかから、泉のごとく湧きいずる幸福であり、環境の変化などによって崩れることのない幸福です。戸田先生は、それを『絶対的幸福』と言われたんです」

「人生の総仕上げにあたっては、生老病死など、無常の現象をありのままに見つめ、その奥底を貫く常住不変の妙法に則り、一途に絶対的幸福境涯の確立をめざしてください。その言動には、感謝と歓喜と確信があふれるものです。また、幾つになっても、向上、前進の息吹があり、生命の躍動感があります。


山口開拓指導で立ち上がった人々

『新・人間革命』第25巻 共戦の章 118p~ 

第二の山口開拓指導は、リーダーである梅岡への、車中での指導から開始されたのだ。懇談会の会場には、あの開拓指導の折に、伸一の激励で立ち上がった人や、話を聞いて入会した人たちの顔もあった。

増田一三は「信心で本当にリウマチを克服できるのか」と信心に疑いを起こすたびに、文句を言うため、東京まで、伸一を訪ねてきた。「先生には、いつも愚痴を文句ばかりで…」という増田に「愚痴や文句は言わない方がいいに決まっていますが、どうしても、心が収まらない時には、先輩幹部にぶつかって、指導を受けていくんです。陰で文句を言ったりしてはいけません。文句を求道に変えていったから、ここまで信心を貫くことができたんです」

山内光元は、一昨年心筋梗塞で倒れ、その夜が峠だと言われたが、祈りに支えられ、危機を脱し、70歳になった。彼は、神主の家に生まれ、子どものころから、神札作りを手伝わされ、自分がいやいや作った神札を敬う大人をみると滑稽にさえ思っていた。病弱な妻が、創価学会に入会したいと言って、神札は処分するように言われたと聞くと「それは、正しい」と言って自分も入会した。

妻が次第に元気になる様子を見て、学会の出版物を読むにつれ、納得し、山本伸一の指導を聞いて、宿命という闇が払われる思いがした。夫婦で弘教に奔走した。

皆、生活費を切り詰め、経済苦や、家族の病気、家庭不和などの問題を抱えながら、広宣流布のためには、何も惜しむまい、この闘争で自身の生命を磨き、宿業を断ち切ろうと駆けつけたが、聞く耳を持つ人はいなかった。盛んだった意気は消沈した。

そんな、同志に、勇気の光を注ぎ、闘魂を燃え上がらせたのが、開拓指導の責任者である伸一であった。「仏法を語れば、心田に仏種を植えたんですから、いつか、必ず信心します。ゆえに、この『聞法下種』こそが折伏の根本です。『聞法下種』も『発心下種』も功徳は同じなんです。大事なことは、正法を語り抜いていくことなんです。私たちの下種活動は、現代において、不軽菩薩の行を実践しているんです。すごいことではないですか!」

「仏法を聞いて、信心するかどうかは相手の問題です。要は人びとの幸せを願い、何人の方に仏法を説き聞かせることができたかが大事なんです。もちろん、断じて信心させようとの強い一念が大切であることは、言うまでもありません。しかし、信心しなくとも、決して落ち込んだりする必要はありません。

一人当って駄目なら二人。二人当って駄目なら三人、5人、10人で駄目なら20人…と、ますます意気軒昂に、弘教していくんです。それが、すべて、功徳、福運となり、宿命転換の力となっていきます。皆さんは、現代の不軽菩薩であり、また、地涌の菩薩です。そして、日蓮大聖人と同じ仏道修行の大道を歩んでいるんです」伸一の指導に接した同志は、勇気が涌くのを感じた。

伊郷忠治の妻の時子は肺結核と腎臓結核を治したくて入会した。「この信心で、本当に病気がよくなるんでしょうか」との質問に、伸一は、宿命と病の関係について語っていった。

「医学の力は大切ですが、病を治せるかどうかは、根本的には、人間自身の生命力の問題になります。また、苦しまなければならないという宿命を転換しない限り、一つの病を乗り越えても、また、別の病に苦しむことになる。仏法は、その生命力を湧現し、宿命を転換する道を説いているんです」

体験に裏打ちされた、確信あふれる話には、人間の生命を揺り動かす力がある。伊郷時子は"必ず、仏法で宿業を打開してみせる!"と振るい立った。夫の忠治も信心をしてみようと思った。時子は、弘教の喜びを知った。闘病生活にピリオドが打たれたのだ。妻の体験を見て、夫の忠治も、意欲的に信心に励むようになり、二人は、萩の広宣流布の推進力となってきたのである。

ある友人が「私は、皆のように金には困っていない。これからどんな事業をしたらいいかを聞きに来た」と参加者を見下すような発言をした。伸一は、「学会は、不幸な人びとの味方です。あなたのように、人間を表面的な姿や立場、肩書で見て、蔑んでいるような人には、いつまでも、学会のことも、仏法もわかりません!」と伸一の鋭い声が響いた。

「本当に人間が幸福になるには"心の財"を積むしかない。その仏法を弘め、この世から、不幸をなくしていこうというのが、学会なんです」


地方の時代到来

『新・人間革命』第25巻 共戦の章 105p~ 

<共戦の章 開始>

フランスの大歴史家ミシュレは言う。「歴史とは行動の報告書である」君が歩いた分だけ、道ができる。あなたが語った分だけ、希望の種が植えられる。困難に退くまい。流した汗も、涙も、すべては福運の宝玉となる。よき人生とは、人のために尽した行動の、輝ける年輪である。

1977年(昭和52年)3月19日、聖教新聞に八葉蓮華をデザインした図案が掲載された。「八葉の花模様が、幾重にも広がりをみせる姿とは、『八とは色心を妙法と開くなり』の意義を踏まえ、一人一人の生命の仏界を開き顕し、また日蓮大聖人の妙法が未来永劫に世界を包んで流布していく様相を表象している。更に、全体として豊かなふくらみをもっている姿は、人間革命の深化と功徳に満ちあふれる学会員一人一人の姿を表現したものである」それまでの鶴丸の紋章に代わって"創価の新時代"を象徴する、新しいシンボルマークが誕生したのである。

この77年は、全国各地に、県・区の中心会館となる文化会館などの建設の槌音が響き、また、完成をみていった年であった。それらの建物は、学会が21世紀という広宣流布の新時代に飛翔していくための、重要な布石であった。

山本伸一は、決意していた。"各県各区に新しい会館が完成し、広宣流布の新段階を迎えようとしている今こそ、全同志の心に、万年にわたる信心の堅固な礎を築かなくてはならない。また、人材を見つけ、育てよう!全国各地に難攻不落の人材城をつくろう!"

伸一は、東京という一つの機関車が、全国を牽引する時代は終わったと思っていた。各方面、さらには各県区が自力で走行し、他地域をリードできる力をもってこそ、各地の個性をいかんなく発揮した、広宣流布の新たな大前進が可能になるからだ。

地域があらゆる実力を備えてこそ、「地方の時代」の到来がある。
本部幹部会で伸一は、広宣流布の流れは、草創期の「渓流の時代」から、今や「大河の時代」になり、やがて、21世紀に向かって「大海の時代」となっていくことを述べた。そして、広宣流布の活動は、時代の変化を見極め、その時代に相応した価値的な実践方式を創造していくべきであると訴えた。

仏法という生命の大法も、創価の精神も、決して変わることはない。しかし、時代は、目覚ましい変化を遂げていく。したがって、研修会や会合のもち方、活動の在り方等については、常に工夫を重ね、新しい時代に即した、価値的な方法を考えていかなければならない。

伸一は、ここで、人材を育てることの大切さを力説した。「まず、優れた力ある一人の人材を育てていくことです。人の育成が遅れれば、結局、組織は弱体化し、一切が行き詰ってしまう」

「創価学会が、世界的な大仏教団体として発展してきた陰には、幾十万人もの、無名の民衆である先輩功労者の尽力がありました。皆、暮らしも貧しいなか、足を棒にして弘教に歩き、それはそれは激しい、いわれなき中傷、批判にさらされてきました。それでも、ただひたすら、広宣流布のために走り抜いてくださった。その方々がいらしゃったからこそ、今日の、堅固な創価学会ができた。そのことを、若い幹部の皆さんは、絶対に忘れないでいただきたい」

「そうした先輩同志の方々のなかには、今は高齢のため、健康上の理由などから、組織の第一線を退いている人もおられるでしょう。しかし、立場はどうあれ、かつては言語に絶する法戦を展開し、仏の使いとして御本尊への御奉公を立派に果たし、広宣流布に献身してこられた尊い方々です。創価の先駆者、開拓者であり、永遠の宝の方々です。ライン幹部の皆さんは、そうした方々を、陰に陽に大切にし、また、尊敬の念をもって、温かい配慮をめぐらしていただきたい」

77年(昭和52年)は、山口開拓指導から20年の佳節を迎えていた。山口開拓指導は、1956年10月、11月、翌57年1月にわたって、伸一の指揮のもとに実施された、広布史上に輝く大闘争である。全国各地から山口県に縁故のある同志が集い、果敢に弘教を展開していったのだ。

以来20年、開拓魂を打ち込まれた同志が核となって、山口県は大前進を遂げたのだ。自身の一切を注ぎ込む思いで、必死になって戦い抜いた体験を持つ人は強い。あの開拓指導に参加した同志は、懸命な祈りと執念の行動と力を実感し、広宣流布の新しい道を開く使命感、責任感を培い、信仰への絶対の確信を築き上げてきたのである。


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