小説 新・人間革命に学ぶ

人生の 生きる 指針 「小説 新・人間革命」を 1巻から30巻まで、読了を目指し、指針を 残す

学会の正義を語り抜く

偉大な運動の経る5つの段階

『新・人間革命』第13巻 光城の章 P253~

伸一は、記念撮影会場の奄美大島会館に到着した。撮影が終わると、参加者に語りかけ、整理役員を激励し、会館の様子を見ていた近隣の婦人にも丁重にあいさつし、入替の時には、次々と色紙に揮毫をしていった。

婦人部との撮影の時には、「広宣流布の要諦は、極めて身近なところにあります。朗らかに近所づきあいをし、周囲の人から『立派な人だ』『本当にいい人だ』と、言われるようになれるかどうかなんです。みなさんが、どれだけ信頼され、尊敬されていくかに広宣流布のすべてがかかっています。」
また、こどもさんを広宣流布の、大人材に育てることが、大切と語った。

女子部には、学会の将来は、女子部の成長にかかっているので、女子部時代にあらゆる人を折伏し、広宣流布の堅固な人材を作り、未来のために、学会活動で苦労し、自分を磨いていくことが、自分の生命を輝替え、崩れない大福運を築くと指導した。

男子部には、信念に生き抜くことの大切さを訴えた。


記念撮影が終盤になったころ、会館の周りに来ている人や近隣のメンバーとも、一緒に撮影するとの連絡が伝えられた。高等部員は、記念撮影の対象にはなっていなかったが、皆で真剣に唱題を重ねていた。そこに伝言があった。30人ほどの高等部員が集まった。

男子高等部員には、「自分に負けてはいけないよ。自らの使命に生き抜いて、君らしく光り輝いていくんだ」と励ましを送り、女子高等部員には、「女性は幸せになりなさい。それには福運をつけるとともに、時流や安易な風潮に流されないための確かな哲学、確かな価値観が必要です。それが信心なんです。」彼は、遺言の思いで語った。

伸一は、迫害に耐えながら信心を貫いた、父や母の正義を明らかにするために、ここに集った高等部員には、民衆勝利の時代を開き、奄美広布の総仕上げをしていく使命があると思った。

"もう少しの辛抱だ。頑張れ!闇が深ければ深いほど、暁は近い"

インドの独立運動の指導者であったマハトマ・ガンジーは、歴史上、偉大な運動というのは、必ず5つの段階を経ると語っている。それは、「無関心」「嘲笑」「非難」「抑圧」「尊敬」の5つである。

そして、「抑圧」にあっても、生き残る運動は、必ず成功の異名である「尊敬」を集めると述べ、その秘訣は「誠実」であると結論している。

伸一は、激しい「抑圧」にさらされた奄美の同志は、ほどなく「尊敬」の時代を迎えると確信していた。

奄美を日本の広宣流布の理想郷にーーとの、この日の伸一の指導を、同志は、決して忘れなかった。いや、それが皆の誓いとなったのである。


学会、仏法への理解を深め、共感を促すには、ここで、自身の信頼を獲得する以外にない。自己の人格で、生き方で、家庭の姿で、職場・地域での貢献で実証を示さなければ、学会、仏法のすばらしさは証明できないのである。

それは、波浪が岩を削るように、日々、精進と忍耐を積み重ねなければならぬ、持続の戦いであり、自己自身への粘り強い挑戦である。また、子どもにも、学会の精神を伝え抜いていった。

そして、30余年、21世紀の奄美は、見事に、日本の広宣流布の先駆となり、まばゆいばかりの希望の光城となった。

ある村では、3割近い人が学会員となり、約6割の人が学会の理解者になっている。メンバーのなかには、村長もいれば、村の商工会の会長、大きな建設会社の社長もいる。

奄美は勝った。かつて流した、同志たちの悔し涙は、誇らかな珠玉の思い出と変わった。南国に、地域広布の勝利の旗が翻ったのだ。


太字は 『新・人間革命』第13巻より 抜粋

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魔は己心に宿る

『新・人間革命』第13巻 光城の章 P241~

「今回の出来事は、みんなが純粋に戦い抜いたから、三障四魔が競い起こってきたことは間違いない。魔は、権力者、父母、師匠、妻子など、あらゆる姿を現じて、衆生の心を惑わします。」

「学会活動に出ようとしたら、娘が行かないでと言って泣いたする。それで、やめてしまえば、魔に負けた姿です。では、娘さんという存在自体が魔なのか。そうではない。自分にとって魔の働きになっただけで、娘さん自体は魔でも、敵でもない。愛すべき対象です。」

「人間は、魔の働きをすることもあれば、諸天善神の働きをすることもあります。また、一つの現象が魔となるのか、人間革命への飛躍台になるのかは、自分の一念の問題です。」

「大弾圧が起こっても、御書の仰せ通りであると各韻を深め、歓喜する人もいる。逆に功徳を受け、生活が豊かになったことで真剣に信心に励まなくなる人もいる。結局、外の世界のすべての現象は、魔が生ずる契機にすぎず、魔は己心に宿っているんです。」

「この問題の根本的な解決は、奄美の同志の境涯革命にある。大聖人は、『我を損ずる国主等をば最初に之を導かん』と仰せです。自分を迫害した権力者たちを、最初に救おうという、この御境涯になれるかどうかです。」

「大聖人は、弾圧を加える者がいたからこそ、法華経の行者となることができたとも言われている。奄美の同志も、その考えに立って、人びとを大きく包容し、皆の幸福を願いながら、仲良く進んでいってほしいんです。そのための武器は、誠実な対話です。」

「私も、必ず、もう一度、奄美に行きます。奄美の皆さんには、『私に代わって、地域広布を頼みます。』と伝えてください。伸一の深き心を知った派遣幹部たちは、速やかな事態の収拾を決意し、東京を発った。

派遣幹部は、村役場で代表と会談したが、話は平行線をたどり、結局デモは行われることになった。
6月10日、デモは予定通りに実行に移された。デモの規模は前回の倍以上であった。奄美総支部長の野川は、中学三年生の娘の輝子を連れ、デモを見に行った。

輝子は、怖かった。でも、それ以上に憤りを覚えた。「なぜ、学会がこんな目に合わなければいけないの!」父は、「この光景をよく胸に焼き付けておくんだ。父さんも、島の学会員さんも、島の人たちの幸福のために懸命に戦ってきた。正しいことをしてきた。」

「お前は、この悔しさを決して忘れずに、学会の正義と真実を語り抜け!そして、いつか必ず、お前たちの手で、奄美を幸福の楽園にするんだ。広宣流布の理想郷にするんだ。それが、学会っ子の使命だぞ」

多くの中等部員や高等部員が、このデモを目にした。その衝撃的な光景は、痛憤の思い出として、若い魂に焼き付けられていったのである。

地元各紙は、翌日、デモの模様を大々的に報じた。新聞を見た同志たちは、喜々として、「これで、奄美中の人たちの関心は、完全に学会に向いた。」「今こそ、学会のことを、大いに語り抜くチャンスだ。奄美中の人と仏法対話しようじゃないか」でも騒ぎは、同志の広宣流布への闘魂に火をつけたのである。

あのデモから1年数か月後、伸一は、奄美に向かった。"もっと早くきてあげたかった"胸は張り裂けんばかりであった。しかし、この奄美訪問も極めて危険であると幹部は、反対し、時期を伸ばしてはどうかといわれていたのだ。

伸一は、「今だからこそ、行くんです。むしろ、遅いぐらいです。私は奄美の同志に申し訳なかったと思っています。」と強い語調で言った。この烈々たる決意を聞くと、もはや、誰も何も言えなかった。

太字は 『新・人間革命』第13巻より 抜粋

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