小説 新・人間革命に学ぶ

人生の 生きる 指針 「小説 新・人間革命」を 1巻から30巻まで、読了を目指し、指針を 残す

使命

番外編8「勝利」「使命」「誓願」

『新・人間革命』に学ぶ 番外編8

「新・人間革命」につづられた名言をテーマごとに紹介

テーマ「勝利」
私たちは、なんのために戦うのか。自身の幸福のためである。何があっても挫けない、自分自身を築くためである。人間革命のためである。また、人びとの幸福のためである。社会の繁栄と平和のためである。
戦う限り、勝たねばならない。絶対に勝つと決めて、戦い抜くのだ。勝利のためには、何よりも己自身を制覇せねばならぬ。牙をむく獰猛な敵も、所詮は自分の心の陰にすぎない。
自身に勝つのだ!臆病に勝つのだ!諦めの心に勝つのだ!怠惰に勝つのだ!
自身に打ち勝ってこそ、大いなる「前進」があり、燦然と「勝利」の陽光は輝くのだ。
(第19巻「陽光」の章、P199~200)


テーマ「使命」
「人材として大成していくうえで、最も重要なことは、使命に目覚めることではないでしょうか。
私たちには、地涌の菩薩として、すべての人を幸福にし、世界の平和を築く、広宣流布という大使命があります。何よりも、その根本的な使命感に立つことが、自分の力を伸ばしていく最大の道であると感じています。(中略)自分の使命を知るならば、何ごとに対しても、生命の奥深くから、意欲が、情熱が力が湧いてきます」(中略)
戸田の声が響いた。「そうだ!そうなんだよ、伸一!第一に『使命の自覚』だ。これがないと、人生の根本目的が分からず、迷いが生じ、本当の力はでない。反対に、使命を自覚した時に、最大の力を発揮していけるものだ」
(第27巻「求道」の章、p372~373)


テーマ「地域」
広宣流布をいかに進めるかは、各地域によって異なってこよう。たとえば、人口過密な大都市と、過疎の山村や離島とでは、人びとの生活や人間関係等にも違いがある。その実情に即して、仏法理解の進め方、学会活動の在り方を、考えていかねばならない。(中略)
そこに暮らす人びとが、わが地域の広宣流布の責任をもつのだ。地域に応じて、活動の進め方は異なっても、広布を推進する根本原理に変わりはない。
第一に大切なことは、なんとしても、この地域を広宣流布していこうという「決意」である。(中略)
第二に、学会員が地域で「信頼」を勝ち得ていくことだ。信頼という土壌が耕されてこそ対話も実る。信頼は、人間関係の基である。第三には、各人が信仰の「実証」を示し切っていくことである。
(第28巻「広宣譜」の章、P88~89)


テーマ「誓願」
自身の宿命転換、人間革命、一生成仏のためには、“広宣流布に生き抜きます”という誓願の祈りが大事になります。そこに、わが生命を地涌の菩薩の大生命、大境涯へと転ずる回転軸があるからです。具体的にいえば、“あの人に、この人に、幸せになってほしい。仏法を教えたい”という必死な利他の祈りです。学会活動の目標達成を祈り、行動を起こしていくことです。それが、大功徳、大福運を積む直道です。したがって、自身の悩み、苦しみの克服や、種々の願いの成就を祈る時にも、“広宣流布のために、この問題を乗り越え、信心の見事な実証を示させてください。必ず、そうしていきます”と祈っていくんです。祈りの根本に、広宣流布への誓願があることが大事なんです。
(第28巻「大道」の章、P176~177)


テーマ「冥の照覧」
伸一は、「冥の照覧」を心から確信できる、一人ひとりになってほしかった。仏法では、「因果応報」を説いている。悪因には必ず苦果が、善因には必ず楽果が生じることをいう。しかも、その因果律は、過去世、現在世、未来世の、三世にわたって貫かれている。過去における自身の、身(身体)、口(言葉)、意(心)の行為が因となって、現在の果があり、未来の果をつくるのである。(中略)
すべては自分に還るのだ。悪果も善果も、一切は自分の行為のゆえである。(中略)
この生命の因果の理法、言い換えれば、「冥の照覧」を確信して、仏道修行に励むことこそ、仏法者の生き方の基本なのだ。(中略)
仏は、常に、じっと見ている。敢闘の歴史は、わが生命に刻まれ、栄光の朝を開く力となる。
(第24巻「厳護」の章、P144~146)


テーマ「感謝」
第二代会長の戸田先生は、よく、こう言われていました。「御本尊に常に感謝の念をもっている人は、いよいよ栄える。福運がいよいよまさる」「感謝を忘れた人は、福運が消えていく」“自分は信心で守られてきた。御本尊あればこそだ!との感謝の心から、喜びも、希望も、勇気も生まれます。また、感謝は、心を豊かにします。反対に不平や不満をいだいていれば、心を自ら貧しくしていきます。御本尊への感謝をもって、日々の学会活動に取り組んでいくなかに、自身の境涯革命があるんです」”(中略)
大事なことは、御本尊へのその御本尊を教えてくれた創価学会への感謝の念をもって、喜び勇んで広宣流布の“戦い”を起こしていこうという“心”である。“感謝”ある人には“歓喜がある。そして、燃え立つ歓喜の生命こそ、挑戦、前進、勝利、幸福の活力源となるのだ。
(第26巻「奮迅」の章、P367~368)

<番外編 終了>

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使命の宝土

『新・人間革命』第6巻 宝土の章 P19~

現地時間 1月29日の 午後過ぎ アラブ諸国の訪問の 最初の経由地、フィリピンのマニラに到着した伸一一行。

すぐに次のタイのバンコク、インドのカルカッタを経由し、イランの首都テヘランに到着したのは、現地時間1月30日 午前1時近くであった。

テヘランは、第二次世界大戦のその後の世界を決定づけるてテヘラン会談が行われた場所である。
以来、18年余り、その三国も2つの陣営に分かれ、世界は米ソを中心とした東西の冷戦という、新たな悲劇の渦中にあった。

あの三国の首脳が武力によって、世界史の流れを変えようとしたのに対して、今、伸一は、人間の精神の力によって、人類の融合と永遠の平和を開こうと、このテヘランに、人知れず中東訪問の第一歩を印したのである。

それは、遠く、はるかな道程ではあるが、断じて進まねばならぬ、彼の使命の道であった。

テヘラン在住の学会員上野の案内でテヘランの街を視察した。イスラム教が、民衆の生活に深く根差していることを感じさせた。

上野の妻が精神的なことが原因で体調が思わしくないことを聞いた伸一は激励に家を訪ねた。
イランの生活になじめず一刻も早く日本に帰りたいという妻の頼子。

山本伸一は、上野頼子の心中を考えながら、懸命に励まし続けた。
「人間は、悲観的になると、心が暗雲に覆われ、喜びも、楽しさも、希望の光も自らさえぎってしまうことになる。 仏法というのは、最高の楽観主義なんです。苦しみに満ちた娑婆世界のなかに寂光土があると教え、どんな悪人や、不幸に泣く人でも、仏になると教えています。」

「あなたは日本での生活を理想とし、それと、このテヘランでの生活を比べ、落胆しているのではないでしょうか。しかし、実際には、日本にいた時でも、それなりに悩みも苦しみもあったのではないかと思います。」

「人間には、完璧な人はいないし、また、すべて満たされた理想的な生活環境というものもありません。しかし、あなたは、妻である自分はこうあらねばならない、姑はこうあるべきだ、あるいは生活環境はこうでなければならないと、自分の頭のなかに理想的な基準をつくってしまっているように思います。そして、その観念のモノサシに現実を合わせようとする。」

「ところが、現実というものは、理想や観念の尺度に、きちんと合うことはありえない。すると、ここが悪い、あそこが悪いとなり、失望が重なって、不平や不満だらけになってしまう。」

「むしろ、こうでなくてはならないという、頭のなかでつくり上げた基準にこだわらず、もっと自由にものを見るべきです。」

「多かれ少なかれ、どこにいても、大変なことや、いやなことはあります。それは、どんな生活環境でも、どんな人間でも同じです。百パーセントすばらしい環境もなければ、そんな人間もいません。」

「あなたが基準とすべきは、日本での暮らしではなく、ここでの生活で素。それが現実なんですから、まず、そのまま受け入れ、ありのままに見つめてみようとすることです。」

「経文にも『如実知見』つまり『実の如く知見す』とあります。」
「自分が思い描いた観念的な基準にこだわり、縛られるのではなく、ありのままに現実を見つめて、なんらかのよい面を、楽しいことを発見し、それを生かしていこうとすることです。」

上野頼子は「頭ではわかっても、こんな暮らしが続くのかと思うと、嫌気が先に立ってしまいます」と話す。

「だからこそ、信心が大事になるんです。行き詰ったら題目ですよ。お題目を唱えれば、自分のことも、環境も、ありのままに見つめることができるし、生命力がわいてくる。自分に負けない強さをつけることができます。」

「そして、何よりも、あなたが、このイランにやって来た使命を自覚することができます」
「使命のない仏子はいません。」

「あなたの周囲に、友情の苗をたくさん植え、大切に育てていけば、イランも必ず、緑したたる心のオアシスになっていきます。」

「真実の仏法は、やがていつか、どこかで幸福になることを教えているのではありません。今、この場所で幸福をつくりだしていくための法です。その幸福を生み出していく力は、あなた自身の胸中にある。それを引き出していくのが、信仰です。」

「日本を離れれば不幸になるのかー違います。日本にいても不幸を嘆いている人はいるし、海外で充実した日々を送っている人もいます。今いる場所で、幸福になる方法を知らないから不幸なんです。」

「信仰とは無限の希望であり、無限の活力です。自己の一念によって、どんな環境も最高の宝土となる。それが仏法です。だからあなたも、このテヘランにあって、幸福の女王になってほしいのです。」

と激励した。

「平成最後の日」の ブログ。


太字は 『新・人間革命』第6巻より抜粋

生死の理

『新・人間革命』第5巻 獅子の章 P289~

山本伸一は、1月13日 雪の北海道へ飛んだ。
夕刻から 北海道女子部の部長であった嵐山春子の北海道女子部葬に出席する。

いかに深き宿命とはいえ、若くして、広宣流布の途上に散った嵐山のことを考えると胸が張り裂けそうな思いであった。

結核を治すために、療養に専念するよう指導していたが、彼女はいつまでも病床に付していることに、耐えられなかったようだ。

伸一の激励に、入院し、治療に専念すると 医師が「結核は治っている」と告げられた。体力が回復すれば、1か月ほどで退院できるといわれていたが、それから間もなく心不全で亡くなった。

しかし、それから間もない12月14日 嵐山は臨終の時を迎えた。
結核という病を乗り越え、宿業を転換し、今世の使命を終えた証明とも見える。

北海道女子部葬は、幹部や千人の女子部員が参列して、厳粛に営まれた。

この一女性の活躍によって、どれほど多くの女子部員が立ち上がり、北海道の広布の流れが広がっていったか計り知れない。友の幸福のために一身を捧げて、広宣流布に生き抜いた彼女は、さながら“妙法のジャンヌ・ダルク”であった。

伸一は、嵐山春子の死の意味について、思いをめぐらしていた。
26年という彼女の人生は、あまりにも短かった。だが、それは、自身の生涯の使命を全うしての死であったと、私には思えてならない。

彼女は、純白の雪のように清らかな信心の模範を、後世に残してくれた。その炎のごとき求道の姿勢と、友を思う心は、永遠に色あせることはない。いや、それは、時とともに、益々黄金の輝きを放ち、彼女の志を受け継ぐ幾千幾万の嵐山春子が誕生していくにちがいない。

また、地涌の使命に生きる同志の絆は永遠である。

伸一は「総勘文抄」の御文を思い起こした。
「生と死と二つの理は生死の夢の理なり妄想なり顚倒なり本覚の寤を以て我が心性を糾せば生ず可き始めも無きが故に死すべき終わりも無し」(生と死という二つの理は生死の夢の理であり、妄想であり、顚倒した見方である。本覚の寤の悟りをもって自身の心性をただしてみれば、生ずるという始めもないので、死ぬという終わりもないのである)

仏法の眼から見るならば、彼女の生命は滅することなく、大宇宙とともに、永遠に生き続けているのだ。彼は、この御文を噛み締めると、やがて、また彼女が、同志として自分の身近なところに生まれ、
広宣流布の大舞台をさっそうと駆け巡る日が来ることを、強く確信できた。

嵐山によって結成された北海道鼓笛隊が、北海道女子部の愛唱歌を演奏した。
しかし、ファイフの音もかすれ、調べはしばしばとぎれそうになった。皆、涙がこみあげてきて、演奏することができないのである。演奏に耳を傾ける友の顔も、涙に濡れていた。その姿は、嵐山の志を受け継ごうとする北海道女子部の、珠玉の誓いの輝きでもあった。


伸一は、嵐山の遺徳を称え、春になったら、桜の木を植えようと提案する。嵐山を顕彰するのはもちろん、悲しみに沈む彼女たちの心に、未来への希望の明かりを灯したかったからであった。

翌日開催された北海道総支部幹部会では、伸一は、北海道に来るたびに、同志の身なりも立派になり、生気にあふれた姿になってきていること自体、仏法の偉大なる功力の実証であると述べ、皆の成長を称え、いよいよ広宣流布の時が来ていることを訴えていった。



太字は 『新・人間革命』第5巻より抜粋
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新・人間革命 第30巻 下 / 池田大作 イケダダイサク 【本】


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