小説 新・人間革命に学ぶ

人生の 生きる 指針 「小説 新・人間革命」を 1巻から30巻まで、読了を目指し、指針を 残す

仏法西還

東洋広布

『新・人間革命』第3巻 仏法西環の章 P29~


1961年 1月28日 山本伸一は アジア初訪問の旅に出発する。
アジア訪問の目的は、日蓮大聖人の御予言である、“仏法西還”の第一歩を印し、
東洋広布と恒久平和への道を開くことにあった。


日蓮大聖人は「諫暁八幡抄」に、次のように仰せである。
「月は西より東に向へり月氏の仏法の東へ流るべき相なり、
 日は東より出づ日本の仏法の月氏へかえるべき瑞相なり」



この「諫暁八幡抄」のほか「顕仏未来記」などにも、同様の趣旨の御文がある。
いずれも、日蓮大聖人の仏法の西還を予言され、
東洋、世界への広宣流布を示されたものである。


戸田城聖は、その御聖訓の実現を、創価学会の使命として、
伸一をはじめとする青年たちに託した。


もしも、創価学会がなければ、この仏法西還の御本仏の御予言も、
虚妄となってしまったにちがいない。


その先駆けの歩みを、伸一は会長に就任して迎えた新しき年の初めに、
踏み出そうとしていたのである。それは仏法の歴史を画し、
東洋に生命の世紀の旭日を告げるものであった。





太字は 『新・人間革命』第3巻より抜粋

仏法西還

『新・人間革命』第3巻 仏法西環の章 


「仏法西還」とは 「仏法東漸」の対語で、
太陽が東から西に向かうように、末法には、大聖人の仏法が日本からインドに還り、
全世界へと流布していくという原理のことである。


「時」は来た!
待ちに待った、悠久の歴史の夜は明け、ついに船出の太陽は昇った。
帆を上げよう。好機は一瞬にして過ぎ去り、再び帰ることはない。


 雲の井に、月こそ見んと 願いてし
 アジアの民に 日をぞ送らん



1956年(昭和31年)戸田城聖が 詠んだ和歌であった。


ー 雲の切れ間に、ほのかな幸の月光を見ようと願うアジアの民衆に、
それよりも遥かに明るく、まばゆい太陽の光を送ろう、との意味である。


ここでいう「月」とは釈尊の仏法であり、「日(ひかり)」とは
日蓮大聖人の仏法をさすことはいうまでもない。


戸田は、「諫暁八幡抄」などに示された、大聖人の「仏法西還」の大原理をふまえ、
東洋広布への決意を詠んだのである。
この戸田の決意は、そのまま、愛弟子である伸一の決意であった。


そして、今、伸一は、その実現のために、
この1月にインドをはじめとするアジアの地に、
東洋広布の第一歩を印そうとしていたのである。


太字は 『新・人間革命』第3巻より抜粋

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