『新・人間革命』第3巻 月氏の章 P101~
時をつくるとは
山本伸一は インドへ出発する前、日達法主と 食事をとりながら語った。
「世界広布は、戸田先生の私への遺言であり、大聖人の御遺命です。」
「何ごとにも『時』があります。大聖人が、人類の救済のために、
正法を打ち立てられてから 七百年、ようやく、その『時』が到来しました。
もし、この『時』を失えば、永遠に広宣流布の機会は閉ざされてしまうかもしれません。
だから、私は必死です。真剣なんです。失敗は許されないと思っています。」
「大聖人の御予言も、それを成し遂げようとする人がいなければ、
観念になってしまいます。
広宣流布は、ただ待っていればできると考えるのは誤りであると思います。
御予言の実現は、後世の人間の決意と大確信と必死の行動が根本となります。
御予言とは、弟子の自覚としては、そう“なる”のではなく、
そう“する”ことではないでしょうか。そうでなければ、人間の戦いはなくなっていまいます。
また、そのようにとらえて戦いを起こしたものにとっては、御予言は、最大の確信となり、
勇気となり、力となります」
「山本先生のおっしゃる通りです。まったく、その通りだと思います。結局、
広宣流は、山本先生にお願いするしかありません。それが、結論です。
今後ともよろしくお願いします。」
と伸一に語る日達法主は 後日、山本伸一の講演集が発刊された際、序文を寄せた。
「・・・しかるに今、大聖人の弟子旦那のなかから一人の山本伸一と名付くる
折伏弘教の師を得たことは、われわれにとって無上の幸いというべきである。
そのゆえは、この師なくして、この世界に妙法を広宣流布せしめる者は
他にいないからである」
伸一と、広布と平和への旅をともにし、彼の胸中を知った日達法主の、
ありのままの心情であったにちがいない。
太字は 『新・人間革命』第3巻より抜粋
時をつくるとは
山本伸一は インドへ出発する前、日達法主と 食事をとりながら語った。
「世界広布は、戸田先生の私への遺言であり、大聖人の御遺命です。」
「何ごとにも『時』があります。大聖人が、人類の救済のために、
正法を打ち立てられてから 七百年、ようやく、その『時』が到来しました。
もし、この『時』を失えば、永遠に広宣流布の機会は閉ざされてしまうかもしれません。
だから、私は必死です。真剣なんです。失敗は許されないと思っています。」
「大聖人の御予言も、それを成し遂げようとする人がいなければ、
観念になってしまいます。
広宣流布は、ただ待っていればできると考えるのは誤りであると思います。
御予言の実現は、後世の人間の決意と大確信と必死の行動が根本となります。
御予言とは、弟子の自覚としては、そう“なる”のではなく、
そう“する”ことではないでしょうか。そうでなければ、人間の戦いはなくなっていまいます。
また、そのようにとらえて戦いを起こしたものにとっては、御予言は、最大の確信となり、
勇気となり、力となります」
「山本先生のおっしゃる通りです。まったく、その通りだと思います。結局、
広宣流は、山本先生にお願いするしかありません。それが、結論です。
今後ともよろしくお願いします。」
と伸一に語る日達法主は 後日、山本伸一の講演集が発刊された際、序文を寄せた。
「・・・しかるに今、大聖人の弟子旦那のなかから一人の山本伸一と名付くる
折伏弘教の師を得たことは、われわれにとって無上の幸いというべきである。
そのゆえは、この師なくして、この世界に妙法を広宣流布せしめる者は
他にいないからである」
伸一と、広布と平和への旅をともにし、彼の胸中を知った日達法主の、
ありのままの心情であったにちがいない。
太字は 『新・人間革命』第3巻より抜粋