小説 新・人間革命に学ぶ

人生の 生きる 指針 「小説 新・人間革命」を 1巻から30巻まで、読了を目指し、指針を 残す

不確実性の時代,ジョン・K・ガルブレイス

現代における殉教の精神とは

『新・人間革命』第29巻 常楽の章 20p~

ガルブレイス博士は、体を乗り出すようにして伸一の話に耳を傾けていたが、大きく頷くと、語り始めた。「会長が言われたように、すべては、人類の幸福のためにある。そこにもう一つ補足させていただければ、今日、政治、経済、科学等は、それぞれの分野で急速な進歩を遂げましたが、いつの間にか、手段が目的と入れ替わり、幸福の追求といいう根本目的が忘れられています。私は、そこに、大変に危機的なものを感じています」

約二時間にわたる会談は、多くの意見の一致をみた。1993年(平成5年)伸一が、ハーバード大学で2度目となる講演を行った。その折、博士は、多忙を極めるなか、わざわざ駆けつけて、好評者(コメンテーター)を務めてくれたのである。

翌日、伸一は妻の峯子、長男の正弘らと、博士の自宅を訪問した。熱こもる語らいが展開された。最初の語らいから25年後の2003年、総合月刊誌『潮』から二人の対談が連載された。それに加筆して2005年、対談集『人間主義の大世紀をーーわが人生を飾れ』が発刊されることになる。

ガルブレイス博士との対談を終えた山本伸一は、大阪へ向かった。さらに静岡へ行き、総本山で営まれる熱原法難700年記念法要に参列することになっていたのである。

伸一は、熱原法難について思索をめぐらした。熱原法難は、弘安二年(1279年)を頂点として、富士下方庄の熱原郷で起こった日蓮門下への弾圧事件である。

農民たちは皆、信心を始めて1年ほどにすぎない。だが、誰一人として動じなかった。信心の強さは、歳月の長さによるのではなく、決定した心によってもたらされるのだ。「法華経を捨てよ」と迫る平左衛門尉頼綱に対して、熱原の農民信徒は、声も高らかに唱題を響かせた。それは、不惜身命の決意の表明であった。

熱原の農民信徒の生き方、振る舞いは、信心の究極を物語っている。信心とは、学識や社会的地位、財力などによって決まるものではない。それは、法難という大試練に直面した時、決して怯むことなく、敢然と立ち向かう勇気、決定した心である。

そして、今こそ“まことの時”ととらえ、師の言葉を思い起こし、深く心に刻んで、ひとたび決めた道を貫き通す信念である。

本来あり得ないと思われる転倒した事態や意表を突く状況を生じさせ、信心を攪乱させる。そこに第六天の魔王の狙いがある。ゆえに広布の戦いに、油断があってはならない。

迫害を受けた熱原の農民信徒、なかでも神四郎、弥五郎、弥六郎の三兄弟の殉教は、幸福を確立するためという信仰の目的とは、対極にあるように思えるかもしれない。では、なぜ日蓮大聖人は、「かりにも法華経のゆへに命をすてよ」と仰せになっているのか。

人はいつか必ず死を迎える。大聖人御在世当時、多くの人びとが、飢饉、疫病、戦禍等によって他界し、また、蒙古の襲来で命を失うことも覚悟せねばならぬ状況であった。命は、最高の宝であるが、露のごとくはかない。なればこそ、その命をいかに使うかが大事になる。ゆえに大聖人は、尊い命を「世間の浅き事」のために捨てるのではなく、万人成仏の法、すなわち全人類の幸福を実現する永遠不変の大法である法華経を守り、流布するために捧げよーーと言われたのである。

生命は三世永遠である。正法のために今世で大難に遭い、殉教したとしても、未来の成仏の道が開かれるのである。また「佐渡御書」では、大難に遭うことで過去遠遠功からの悪業を、今世において、すべて消滅できるとも言われている。

「なんのために死ぬか」とは、裏返せば「なんのために生きるか」ということにほかならない。二つは表裏一体である。

山本伸一は、会長として、“断じて殉教者を出すような状況をつくってはならない。もしも殉難を余儀なくされるなら、私が一身に受けよう!”と固く心に誓い、必死に操縦桿を握っていたのである。だが、広宣流布を推進していくには、それぞれに死身弘法の覚悟が必要である。その決定した一念に立ってこそ、一生成仏も、宿命転換もすることもできるのだ。

死身弘法の覚悟とは、“人生の根本目的は広布にあり”と決めることだ。そして、名聞名利のためではなく、人びとに仏法を教えるために、自らの生活、生き方をもって御本尊の功力、仏法の真実を証明していくのだ。


太字は 『新・人間革命』第29より 抜粋

ガルブレイス博士との対談

『新・人間革命』第29巻 常楽の章 7p~

<新・人間革命 第29巻 開始>
<常楽の章 開始>

対話は、人間の最も優れた特性であり、それは人間性の発露である。語り合うことから、心の扉は開かれ、互いの理解が生まれ、友情のスクラムが広がる。対話はーー励ましの力となる。希望の光となる。勇気の泉となる。生命蘇生の新風となる。そして、人間の心と心に橋を架ける。

1978年(昭和53年)10月10日、山本伸一は、妻の峯子と共に、経済学者で、『不確実性の時代』などの著者として知られる、ハーバード大学名誉教授ジョン・K・ガルブレイス博士とキャサリン夫人の一行を聖教新聞社に迎えた。

語らいは、伸一と博士が、交互に問題提起し、それに対し意見を交換するかたちで進められた。語らいのなかで伸一が、明年にはインドを訪問する予定であることを告げると、博士は、こうアドバイスした。「パンジャブ地方を、ぜひ訪問してください」すかさず、キャサリン夫人が、「南西部にあるケララ州の発展も目覚ましいものがあります」と言葉を添えた。

博士のインドでの大使生活を支え続けた夫人は、驚くほど、現地の事情に精通していた。生活者の視点に立つ女性の眼は、最も的確に、その社会の実像を捕らえる。

彼女は、使用人だけでなく、その家族の面倒もみた。皆から「われわれ全員の母親です」と慕われた。その“子ども”の数は、時には50人にもなった。また、来客の接待、集会、記者会見、晩餐会など、一切を取り仕切った。夫婦での出張もあれば、大使に代わって、急遽、講演しなくてはならないこともあったという。夫人は、子育てもしながら、この激務をすべてこなしてきたのである。

御書には、信念を分かち合う夫と妻のチームワークを「鳥の二つの羽」「車の二つの輪」に譬え、何事も成就できる力だと教えている。

会談に同席していた日本の出版社の社長が、「私からもお伺いしたいことがあります」といって、博士と伸一に質問した。社長の質問は、“南北問題”を解決していくために、日本は何をなすべきかということであった。

博士は、即座に答えた。「日本には、その富の一部を貧しい国に資本のかたちで供与する道義的義務があると思います。それが、日本が途上国に貢献する第一の方途でしょう。第二に、農業による貢献が大事です。山本会長のご意見を伺いたい」

「非常に重要です。ただし、経済次元の物質や技術の一方的な援助をし続けていくだけでは、国と国とが単なる利害関係になったり、援助を“する国”と“される国”という上下の関係になったりすることが懸念されます。また、その国の国民のプライドや、自力性を失わせてしまいかねません。

したがって、相互の信頼関係を築いていくことが不可欠です。そのためには、人間対人間を基調とした、教育・文化の恒久的な交流が必要です。それを忍耐強く、10年、20年、50年と行う以外に永続的な信頼の道は開けないと思いますし、これまでも私は、そう訴え抜いてまいりました」
博士は、「まさにその通りです。全く異論はありません」と賛同の異を表した。

伸一は、尋ねた。「不確実性の時代のなかで確実性を模索していくうえで、いかなる指導理念が必要になるかを、お伺いしたいと思います」博士は、答えた。ーー基本的には、人間の行う努力は、常に修正されていくべきであり、それによって、私たちの人生は、より安全で、平和で、知的なものとなる。そして、その考え方を受け入れること自体が、究極的には一つの指導理念になるのではないか、と。

ガルブレイス博士は、人間はイデオロギーにとらわれてしまうと、現実から目をそらし、思考から逃避して、理路の鋳型にはめて物事を判断するようになることを危惧していた。

伸一は、訴えた。「私は、判断を下していく人間自身が、葛藤を繰り返し、瞬間瞬間、心が移ろう、矛盾をはらんだ不確実な存在であると、認識することが大切だと思います。したがって、その人間を高め、成長を図っていくことが、常に的確な判断をしていくうえで、極めて大事であると考えます。それには、人間を磨き、高める、普遍的な生命哲理が必要不可欠であり、私どもはそれを仏法に見いだしています。

私は、トインビー博士やアンドレ・マルロー氏らと、人類の抱える諸問題について話し合いを重ねてきました。そのなかで、仏法を基調とした精神変革、人間革命の運動こそ、21世紀を開く大河となる思想運動であるとの賛同を得ております」


太字は 『新・人間革命』第29より 抜粋
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新・人間革命 第30巻 下 / 池田大作 イケダダイサク 【本】


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