『新・人間革命』第2巻 勇舞の章 p188


当時、一部のマスコミによって喧伝されていた、学会は、
“暴力宗教”であるとの中傷の虚構を鋭く突く山本伸一。


「皆さんのなかに、学会に暴力を振るわれて入会したような方が、
 一人でもおりますでしょうか。
 創価学会は 暴力を振って折伏したことなど、
 ただの一度もないと 私は 断言しておきます。」


「むしろ、さまざまな意味で暴力を被ってきたのは、私たち学会の方ではありませんか。
 法的にも、なんの問題もないにもかかわらず、
『創価学会に入るなら、うちの寺の墓地には埋葬させない』などと、脅しをかけてくる。
 また、暴力に訴えた事実もないのに、“暴力宗教”などと書かれること自体が
 ペンの暴力です。」と



どんなウソの喧伝でも、ただ黙って見ていれば、人びとはそれが真実であると
思い込んでしまう。戦わずしては正義も破れる。
時に沈黙は、屈服につながることを知らねばならない。



各地の会合に出席した山本伸一は 時間の許す限り、幹部との懇談の機会を持ち
質問を受けた。


女子部の幹部が 母が信心していない悩みを質問すると
「お母さんを信心させたいと思うなら、あなた自身が変わっていくことです。
 『そもそも仏法とは・・・』などと、口で偉そうに語っても、
 お母さんから見れば、いつまでも娘は娘です。

 そんなことより、お母さんが、本当に感心するような、優しく、
 思いやりにあふれた娘さんになることの方が大切です。」


「信心といっても、特別なことではありません。
 あなたの日頃の振る舞い自体が信心なんです。
 お母さんから見て“わが子ながら本当によく育ったものだ。立派になった”と、
 頬りに思える娘になれば、必ず信心しますよ。」
と話した。


太字は 『新・人間革命』第2巻より抜粋


「創価学会員は 香典を持って行ってしまう。」
戦後 さんざん 宣伝されていた学会批判の一部だ。


事実は、50年以上もたって判明した。



評論家で 戦後の 日本マスコミ界の大御所 

故・大宅壮一氏が 亡くなる間際に 創価学会に 謝罪したのだ。


大宅壮一氏の告白によると 昭和30年代半ば、
全日仏(全日本仏教会)の幹部が泣きついてきた。



「最近、創価学会という宗教が勢いを増して 我々の信徒がゴボウ抜きのようにとられている。

 このままじゃ、たまったもんじゃない。
 創価学会は、こんな嫌らしい宗教だ、と言えるような話はないだろうか」と。


大宅氏は、自分のもとにいた 若手ジャーナリストたちに相談した。



その結果「創価学会は 葬式で香典を持っていく」「位牌や仏壇を壊す」というのはどうか

という話になったというのだ。


「根拠は何もなかったんだが……。」
 
「これが全日仏を通して、一斉に全国に広がってしまったのです。

 言論人として、本当に申し訳なかった」

と告白し、明確に詫びた。



これがデマの真相・背景だった。



そんな事実は全く、「ない」 にもかかわらず、

平成の 今の世の中でさえも、それを信じている人が いまだにいる。


「火がないところに煙はたたない」と いう言葉があるが、
注目されるため、「火のないところにも 煙をたてる」記事を書くのが 
マスコミの使命だと思っている 大手出版社も見受けられる。


ネット上には フェイクニュースがあふれている。 
何が真実化を 見抜く目が必要だ。


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