『新・人間革命』第3巻 仏陀の章 P217~
釈尊の生涯は 迫害の連続であった。
六師外道からの 女性を利用したスキャンダルの捏造は いつの世も変わらない。
釈尊を慕う弟子が増えるにつれ、さらに、大きな難が起こる。
それは、嫉妬心による、弟子による 反逆であった。
提婆達多(ダイバダッタ)という釈迦族出身の弟子は、
聡明な若者であった。釈迦に強い憧れをいだいていた。
釈尊と同じ釈迦族出身に 誇りを感じ、話し方や身振りも、
釈尊に似ていった。弟子たちのなかでも、頭角を現し、周囲から知者として、
崇められるようになっていった。
しかし、壮年期に入ると、その高い評価に、彼の名聞名利の心が煽られる。
“俺も世尊のように、仏陀として、大衆の尊敬を集めたい!”と
釈尊は、人気を得るために法を説いたのでは決してない。
ただ、人びとの幸福のために法を説いているのだ。ところが彼は、今や、
その根本の一点を凝視することができなかった。
退転、反逆も根本の一点の迷い、狂いから始まる。
名利を貪る欲望は、あらゆる役柄を演じさせる。
彼は、人びとの前では、見事な「聖者」であった。
一方で、提婆達多は、自分を庇護し、後ろ盾となる権力ある人物を探していた。
そして、目をつけたのが、魔訶蛇国の王子の阿闍世であった。
阿闍世は、有能な人物であり、いずれは、王位を継ぐことになる。
提婆達多は、巧妙に応じに取り入り、手厚いもてなしと供養をうけるようになった。
彼は、その供養を貪った。もはや、それ自体が出家としての堕落であった。やがて、
彼は、自分が釈尊に代わって、教団の中心になろうとの野望をいだき始めるのだった。
釈尊は、そんな提婆達多の野望を見破っていた。
弟子の大成を思い、心を痛めたに違いない。
しかし、釈尊が善導しようとしても、彼は聞く耳をもたなかった。
もし、厳しくその姿勢を正そうとすれば、彼は反逆するに違いないと、釈尊は深く思った。
提婆達多は、釈尊の体を気遣っているように見かけながら、教団の統率の権限を、
自分に譲れと、引退を迫ったのである。釈尊は彼が本性を現したことを知った。
釈尊は、今、ここで厳しく彼を弾呵し、一念の狂いを正しておかなければならないと思った。
そうすれば、反逆するであろうことはわかっていた。しかし、
弟子の悪を責めることは、師としての慈悲である。
容赦のない呵責の言葉であった。「人のつばきを食う」とは、提婆達多が
阿闍世の庇護に甘えて、私利私欲を貪ってきたことをさしている。
提婆達多にとって、既に釈尊は怨念の対象でしかなくなっていた。
一方、釈尊は、提婆達多が去って行く姿を見て、思った。
“提婆達多は反逆するにちがいない。彼一人が去って行くことは仕方がない。
しかし、それによって、真面目で純粋な弟子たちが、信仰の道を踏み外したり、
何も知らない民衆が惑わされたりするようなことがあってはならない。”
釈尊は、つらい決断ではあったが、弟子と民衆を守るために、提婆達多と
戦う心を固めた。
「遂に、提婆達多の本性は明らかになった。王舎城で彼の正体を皆に伝え、
こう宣言するのだ。
『彼は、以前の提婆達多ではない。私利私欲を貪る者である。
彼の行動や発言は、仏陀の教えでも、教団の指導でもない。それは彼の我見にすぎない』と。
もし、これに反対の者は、意見を言いなさい。」
釈尊のこの提案に、戸惑う弟子もいた。
提婆達多は釈尊の引退を迫ったが、表面上は、釈尊の健康への気遣いを理由にしていた。
それだけに、まだ、彼の邪悪な本性がわからなかったのだ。
彼らは、事態の深刻さが理解できていなかった。悪と戦うことをためらう、
その感傷が、多くの仏弟子を迷わす結果になることが、わからなかったのだ。
すべての人を成道させようとする、釈尊の大慈悲を知らぬがゆえの、迷いでもあった。
創価学会が 宗門と 決別宣言をしたときも 同じように感じた人たちがいた。
「そこまでしなくても」と・・・。
宗門の邪心に気づかず、いや、気づいていても、保身のため、
まだ、決別することをためらっている人が かわいそうでならない。
「もっと、楽しく 充実した人生を おくろうよ!」
太字は 『新・人間革命』第3巻より抜粋
釈尊の生涯は 迫害の連続であった。
六師外道からの 女性を利用したスキャンダルの捏造は いつの世も変わらない。
釈尊を慕う弟子が増えるにつれ、さらに、大きな難が起こる。
それは、嫉妬心による、弟子による 反逆であった。
提婆達多(ダイバダッタ)という釈迦族出身の弟子は、
聡明な若者であった。釈迦に強い憧れをいだいていた。
釈尊と同じ釈迦族出身に 誇りを感じ、話し方や身振りも、
釈尊に似ていった。弟子たちのなかでも、頭角を現し、周囲から知者として、
崇められるようになっていった。
しかし、壮年期に入ると、その高い評価に、彼の名聞名利の心が煽られる。
“俺も世尊のように、仏陀として、大衆の尊敬を集めたい!”と
釈尊は、人気を得るために法を説いたのでは決してない。
ただ、人びとの幸福のために法を説いているのだ。ところが彼は、今や、
その根本の一点を凝視することができなかった。
退転、反逆も根本の一点の迷い、狂いから始まる。
名利を貪る欲望は、あらゆる役柄を演じさせる。
彼は、人びとの前では、見事な「聖者」であった。
一方で、提婆達多は、自分を庇護し、後ろ盾となる権力ある人物を探していた。
そして、目をつけたのが、魔訶蛇国の王子の阿闍世であった。
阿闍世は、有能な人物であり、いずれは、王位を継ぐことになる。
提婆達多は、巧妙に応じに取り入り、手厚いもてなしと供養をうけるようになった。
彼は、その供養を貪った。もはや、それ自体が出家としての堕落であった。やがて、
彼は、自分が釈尊に代わって、教団の中心になろうとの野望をいだき始めるのだった。
釈尊は、そんな提婆達多の野望を見破っていた。
弟子の大成を思い、心を痛めたに違いない。
しかし、釈尊が善導しようとしても、彼は聞く耳をもたなかった。
もし、厳しくその姿勢を正そうとすれば、彼は反逆するに違いないと、釈尊は深く思った。
提婆達多は、釈尊の体を気遣っているように見かけながら、教団の統率の権限を、
自分に譲れと、引退を迫ったのである。釈尊は彼が本性を現したことを知った。
釈尊は、今、ここで厳しく彼を弾呵し、一念の狂いを正しておかなければならないと思った。
そうすれば、反逆するであろうことはわかっていた。しかし、
弟子の悪を責めることは、師としての慈悲である。
容赦のない呵責の言葉であった。「人のつばきを食う」とは、提婆達多が
阿闍世の庇護に甘えて、私利私欲を貪ってきたことをさしている。
提婆達多にとって、既に釈尊は怨念の対象でしかなくなっていた。
一方、釈尊は、提婆達多が去って行く姿を見て、思った。
“提婆達多は反逆するにちがいない。彼一人が去って行くことは仕方がない。
しかし、それによって、真面目で純粋な弟子たちが、信仰の道を踏み外したり、
何も知らない民衆が惑わされたりするようなことがあってはならない。”
釈尊は、つらい決断ではあったが、弟子と民衆を守るために、提婆達多と
戦う心を固めた。
「遂に、提婆達多の本性は明らかになった。王舎城で彼の正体を皆に伝え、
こう宣言するのだ。
『彼は、以前の提婆達多ではない。私利私欲を貪る者である。
彼の行動や発言は、仏陀の教えでも、教団の指導でもない。それは彼の我見にすぎない』と。
もし、これに反対の者は、意見を言いなさい。」
釈尊のこの提案に、戸惑う弟子もいた。
提婆達多は釈尊の引退を迫ったが、表面上は、釈尊の健康への気遣いを理由にしていた。
それだけに、まだ、彼の邪悪な本性がわからなかったのだ。
彼らは、事態の深刻さが理解できていなかった。悪と戦うことをためらう、
その感傷が、多くの仏弟子を迷わす結果になることが、わからなかったのだ。
すべての人を成道させようとする、釈尊の大慈悲を知らぬがゆえの、迷いでもあった。
創価学会が 宗門と 決別宣言をしたときも 同じように感じた人たちがいた。
「そこまでしなくても」と・・・。
宗門の邪心に気づかず、いや、気づいていても、保身のため、
まだ、決別することをためらっている人が かわいそうでならない。
「もっと、楽しく 充実した人生を おくろうよ!」
太字は 『新・人間革命』第3巻より抜粋