『新・人間革命』第7巻 早春の章 P239~
1月18日 スイスジュネーブに到着した。ジュネーブは一面の銀世界であった。
現地の人びとの冬の生活を実感するため皆で市内見学に歩く。
「寒い寒いと言って、ぬくぬくとした部屋のなかにいたのでは、何もできずに終わってしまう。こういう時は、"雪なんかに負けるものか!"と自分に言い聞かせて、外へ出て行けば、寒さも、それほど辛くは感じないものだ。」
「そして、何よりも、行動すれば、縮こまった心の世界が大きく広がっていく。信心も同じことだよ。批判され、叩かれるからいやだと思って、閉じこもっていたのでは、何も事態は開けない。しかし、勇気をもって、戦うぞと決意してぶつかっていけば、敵をも味方にすることができる・・・」
「大切な会員が一人でもいるならば、どこまでも激励に行くというのが、学会の会長の精神であり、幹部の在り方です。」
「先輩が一人ひとりのメンバーを"宝"のごとく思い、全魂を傾け、大誠実をもって、守り励まし、育んんでいくところに、学会の強さ、美しさがある。」
翌日はイタリアのローマへ向かった。ポンペイの遺跡を見学する。カメオの貝細工を見て、伸一は、
「知恵があるね。人間が社会で生き抜くうえで大切なのは知恵だよ。広宣流布も、人生も、勝利していくためには知恵が必要だ。知恵を出すには、旺盛な責任感、使命感をもって、題目を唱え、強い生命力を湧現しながら、考え抜いていくことだ。」
バルワー・リットン卿が書いた『ポンペイ最後の日』について語る伸一。「『ポンペイ最後の日』は、人間にとって、人生にとって、何が最も大切かという、根本問題を問いかけているように思える。」
「どんな人であれ、生死の苦悩から逃れることはできない。世界中から金銀財宝を集めても、どんなに地位があり、権力をもっていても、この問題だけは決して解決できない。大聖人は『世間に人の恐るる者は火炎の中と刀剣の影と此身の死するとなるべし』と仰せになっているが、誰でも死ぬのは怖いし、また、それほど大事なものが生命といえる。だからこそ、その大切な生命を何のために使うのかーーここが焦点だよ」
「ところが、人間は、ともすれば、この根本問題から目をそらして、眼前の楽しみや利害に心を奪われ、流されていってしまう。残念なことだ。しかし、私たちは日蓮大聖人の仏法を持ち、地涌の菩薩の使命を自覚して、人類を救うため、広宣流布のために働いている。最も大切な生命を、最も崇高な目的のために使う、最高の人生なんだ」
伸一は、絵の勉強のためにローマの美術学校に留学して卒業後も イタリアで 絵で生計を立てようとしていた小島寿美子に、言った。
「人生は短いよ。また、何があるかもわからないし、無情なものだ。しかし、仏法という永遠常住の法に生き抜くならば、永遠の幸福の道を開くことができる。だから、確固不動の自分をつくり、何があっても、どんなに苦しく、辛いことがあっても、生涯、広布の使命に生き抜くことだよ」
文化祭のシートレコードを皆で聴いた。「学会歌は元気が出るだろう。寂しくなったら、勤行のあとに、このシートレコードを聴いて、勇気を出していくんだよ。」
「御書には、仏法者の進むべき道は明確に示されている。しかし、励まし、指導してくれる人がいないと、ともすれば、自分の弱い心や感情、わがままに負けてしまいそうになる。」
「信心というのは、その弱い自分の心との戦いなんだ。御書にも『心の師とはなるとも心を師とせざれ』と仰せじゃないか。自分の心を制することができてこそ、まことに信仰の勇者といえる。」
伸一は、今、ここにいる人たちに、人生の大飛躍の種子を、懸命に植えようとしていたのである。
世界広布の歯車は、ヨーロッパでも、また、アメリカでも、勢いよく、回り始めていたのである。
1月18日 スイスジュネーブに到着した。ジュネーブは一面の銀世界であった。
現地の人びとの冬の生活を実感するため皆で市内見学に歩く。
「寒い寒いと言って、ぬくぬくとした部屋のなかにいたのでは、何もできずに終わってしまう。こういう時は、"雪なんかに負けるものか!"と自分に言い聞かせて、外へ出て行けば、寒さも、それほど辛くは感じないものだ。」
「そして、何よりも、行動すれば、縮こまった心の世界が大きく広がっていく。信心も同じことだよ。批判され、叩かれるからいやだと思って、閉じこもっていたのでは、何も事態は開けない。しかし、勇気をもって、戦うぞと決意してぶつかっていけば、敵をも味方にすることができる・・・」
「大切な会員が一人でもいるならば、どこまでも激励に行くというのが、学会の会長の精神であり、幹部の在り方です。」
「先輩が一人ひとりのメンバーを"宝"のごとく思い、全魂を傾け、大誠実をもって、守り励まし、育んんでいくところに、学会の強さ、美しさがある。」
翌日はイタリアのローマへ向かった。ポンペイの遺跡を見学する。カメオの貝細工を見て、伸一は、
「知恵があるね。人間が社会で生き抜くうえで大切なのは知恵だよ。広宣流布も、人生も、勝利していくためには知恵が必要だ。知恵を出すには、旺盛な責任感、使命感をもって、題目を唱え、強い生命力を湧現しながら、考え抜いていくことだ。」
バルワー・リットン卿が書いた『ポンペイ最後の日』について語る伸一。「『ポンペイ最後の日』は、人間にとって、人生にとって、何が最も大切かという、根本問題を問いかけているように思える。」
「どんな人であれ、生死の苦悩から逃れることはできない。世界中から金銀財宝を集めても、どんなに地位があり、権力をもっていても、この問題だけは決して解決できない。大聖人は『世間に人の恐るる者は火炎の中と刀剣の影と此身の死するとなるべし』と仰せになっているが、誰でも死ぬのは怖いし、また、それほど大事なものが生命といえる。だからこそ、その大切な生命を何のために使うのかーーここが焦点だよ」
「ところが、人間は、ともすれば、この根本問題から目をそらして、眼前の楽しみや利害に心を奪われ、流されていってしまう。残念なことだ。しかし、私たちは日蓮大聖人の仏法を持ち、地涌の菩薩の使命を自覚して、人類を救うため、広宣流布のために働いている。最も大切な生命を、最も崇高な目的のために使う、最高の人生なんだ」
伸一は、絵の勉強のためにローマの美術学校に留学して卒業後も イタリアで 絵で生計を立てようとしていた小島寿美子に、言った。
「人生は短いよ。また、何があるかもわからないし、無情なものだ。しかし、仏法という永遠常住の法に生き抜くならば、永遠の幸福の道を開くことができる。だから、確固不動の自分をつくり、何があっても、どんなに苦しく、辛いことがあっても、生涯、広布の使命に生き抜くことだよ」
文化祭のシートレコードを皆で聴いた。「学会歌は元気が出るだろう。寂しくなったら、勤行のあとに、このシートレコードを聴いて、勇気を出していくんだよ。」
「御書には、仏法者の進むべき道は明確に示されている。しかし、励まし、指導してくれる人がいないと、ともすれば、自分の弱い心や感情、わがままに負けてしまいそうになる。」
「信心というのは、その弱い自分の心との戦いなんだ。御書にも『心の師とはなるとも心を師とせざれ』と仰せじゃないか。自分の心を制することができてこそ、まことに信仰の勇者といえる。」
伸一は、今、ここにいる人たちに、人生の大飛躍の種子を、懸命に植えようとしていたのである。
世界広布の歯車は、ヨーロッパでも、また、アメリカでも、勢いよく、回り始めていたのである。
太字は 『新・人間革命』第7巻より