『新・人間革命』第29巻 源流の章 438p~
14日午前、カルカッタを擁する西ベンガル州のトリブバン・ナラヤン・シン知事の公邸を表敬訪問した。知事は、この機会を待ちわびていたかのように、あいさつも早々に、こう切り出した。「ぜひ会長に伺いたい。世界の平和と友好を実現していくための方法について、具体的な考えをお聞かせいただきたいのです」
抽象的な話や単なる言葉ではなく、平和のために、実際に何をしたのか、何をするのかを、問いたかったのであろう。希望の未来は、待っていては来ない。自らが勇気をもって歩みを開始することだ。
知事は、言葉をついだ。「ガンジーは、私に教えてくれました。第一に、『政治に宗教が必要である』ということです」政治には慈悲などの理念がなければならない。また、政治は権力をともなうゆえに、政治に携わる人間は自身の心を制御する術を磨かねばならぬ。。ゆえに宗教性が不可欠となる。
一行が車で向かったのは、シン知事が総長を務めるラビンドラ・バラティ大学であった。図書贈呈のためである。グプタ副総長は、「タゴールへの日本文化のの影響は、近代における日印文化交流の第一歩と意義づけられるのではないかと思います。歴史を見ても、政治的な連帯は決して長続きしません。しかし文化の連帯には永続性があります」文化は、人間の精神を触発し、心を結び合う。ゆえに学会は、文化の大道を開き進む。
「さあ、今日も道を開こう!友好の橋を架けよう!」2月15日、こう言って山本伸一は、宿舎のホテルからカルカッタ郊外のナレンドラブールにある全寮制の学園ラマクリシュナ・ミッションへ向かった。小学生から大学生まで一貫教育を行う、男子だけの学校である。
伸一たちは、視覚に障がいがある人を支援する付属の学校も訪問した。「負けてはいけません。断じて勝ってください。勝つんですよ。人は、自分の心に敗れることで不幸になってしまう。私は、あなたたちの勝利を祈っています」伸一は、なんとしても、生徒たちの心に赤々とした勇気の火をともしたかったのである。
15日午後、訪印団一行は、インド博物館を訪問した。展示品を鑑賞した山本伸一は、仏教盛衰の歴史を思った。広宣流布の舞台は、世界に広がった。しかし、それは、地球のどこかに、広布の理想郷を追い求めることではない。皆が、わが町、わが村、わが島、わが集落で、地道に仏法対話を重ね、信頼を広げ、広布を拡大していってこその世界広宣流布なのである。
日々、人びとの幸せと地域の繁栄を願い、激励に、弘教に、黙々と奮闘している人こそが、世界広布の先駆者である。一滴一滴の水が集まり、源流となってほとばしり、それが悠久の大河を創る。
伸一は、インドの同志が、新しい世界広宣流布の大源流となっていくことを祈り、懸命に心で題目を送り続けた。その後、インド創価学会は、1986年に法人登録された。インド創価学会が念願のメンバー1万人に達し、盤石な広布の礎を築き上げたのは、2002年8月のことであった。
以来、破竹の勢いで広宣流布は進み始めた。メンバー10万人の達成を掲げ、怒涛の大前進を開始したのだ。弘教は弘教を広げ、歓喜は歓喜を呼び、2015年8月1日、見事に、念願であった10万人の地涌の菩薩が仏教発祥の国に誕生したのだ。
地涌の大行進はとどまるところを知らなかった。3か月後の創価学会創立85周年の記念日には、11万1111人という金字塔を打ち立てたのである。そして、1年後の8月1日、なんと15万人の陣列が整う。しかも、その約半数が、次代のリーダーたる青年部と未来部である。
インドの地から、世界広布新時代の大源流が、凱歌を轟かせながら、ほとばしり流れたのだ。いや、アジアの各地で、アフリカで、北米、南米で、ヨーロッパで、オセアニアで、新しき源流が生まれ、躍動のしぶきをあげて谷を削り、一瀉千里に走り始めた。われら創価の同志は、日蓮大聖人が仰せの「地涌の義」を証明したのだ。
<源流の章 終了>
<新・人間革命 第29巻 終了>
太字は 『新・人間革命』第29より 抜粋
抽象的な話や単なる言葉ではなく、平和のために、実際に何をしたのか、何をするのかを、問いたかったのであろう。希望の未来は、待っていては来ない。自らが勇気をもって歩みを開始することだ。
知事は、言葉をついだ。「ガンジーは、私に教えてくれました。第一に、『政治に宗教が必要である』ということです」政治には慈悲などの理念がなければならない。また、政治は権力をともなうゆえに、政治に携わる人間は自身の心を制御する術を磨かねばならぬ。。ゆえに宗教性が不可欠となる。
一行が車で向かったのは、シン知事が総長を務めるラビンドラ・バラティ大学であった。図書贈呈のためである。グプタ副総長は、「タゴールへの日本文化のの影響は、近代における日印文化交流の第一歩と意義づけられるのではないかと思います。歴史を見ても、政治的な連帯は決して長続きしません。しかし文化の連帯には永続性があります」文化は、人間の精神を触発し、心を結び合う。ゆえに学会は、文化の大道を開き進む。
「さあ、今日も道を開こう!友好の橋を架けよう!」2月15日、こう言って山本伸一は、宿舎のホテルからカルカッタ郊外のナレンドラブールにある全寮制の学園ラマクリシュナ・ミッションへ向かった。小学生から大学生まで一貫教育を行う、男子だけの学校である。
伸一たちは、視覚に障がいがある人を支援する付属の学校も訪問した。「負けてはいけません。断じて勝ってください。勝つんですよ。人は、自分の心に敗れることで不幸になってしまう。私は、あなたたちの勝利を祈っています」伸一は、なんとしても、生徒たちの心に赤々とした勇気の火をともしたかったのである。
15日午後、訪印団一行は、インド博物館を訪問した。展示品を鑑賞した山本伸一は、仏教盛衰の歴史を思った。広宣流布の舞台は、世界に広がった。しかし、それは、地球のどこかに、広布の理想郷を追い求めることではない。皆が、わが町、わが村、わが島、わが集落で、地道に仏法対話を重ね、信頼を広げ、広布を拡大していってこその世界広宣流布なのである。
日々、人びとの幸せと地域の繁栄を願い、激励に、弘教に、黙々と奮闘している人こそが、世界広布の先駆者である。一滴一滴の水が集まり、源流となってほとばしり、それが悠久の大河を創る。
伸一は、インドの同志が、新しい世界広宣流布の大源流となっていくことを祈り、懸命に心で題目を送り続けた。その後、インド創価学会は、1986年に法人登録された。インド創価学会が念願のメンバー1万人に達し、盤石な広布の礎を築き上げたのは、2002年8月のことであった。
以来、破竹の勢いで広宣流布は進み始めた。メンバー10万人の達成を掲げ、怒涛の大前進を開始したのだ。弘教は弘教を広げ、歓喜は歓喜を呼び、2015年8月1日、見事に、念願であった10万人の地涌の菩薩が仏教発祥の国に誕生したのだ。
地涌の大行進はとどまるところを知らなかった。3か月後の創価学会創立85周年の記念日には、11万1111人という金字塔を打ち立てたのである。そして、1年後の8月1日、なんと15万人の陣列が整う。しかも、その約半数が、次代のリーダーたる青年部と未来部である。
インドの地から、世界広布新時代の大源流が、凱歌を轟かせながら、ほとばしり流れたのだ。いや、アジアの各地で、アフリカで、北米、南米で、ヨーロッパで、オセアニアで、新しき源流が生まれ、躍動のしぶきをあげて谷を削り、一瀉千里に走り始めた。われら創価の同志は、日蓮大聖人が仰せの「地涌の義」を証明したのだ。
<源流の章 終了>
<新・人間革命 第29巻 終了>
太字は 『新・人間革命』第29より 抜粋