『新・人間革命』第30巻(上) 大山の章 26p~
4月5日、伸一は学会の首脳会議に出席した。宗門との問題に、いかに対処するかを協議する場である。集っていたのは、十条をはじめ、数人の中心幹部である。皆、沈痛な面持ちであった。
伸一は、いよいよ魔が、その目論見を露わにしたと思った。彼を会長辞任に追い込み、創価の師弟を離間させようとする陰謀である。それは、結果的に、広宣流布を進めてきた仏意仏勅の団体である創価学会を破壊することにほかならない。魔の蠢動は、信心の眼をもって見破るしかない。
伸一が、一人の幹部に意見を求めると、つぶやくように語った。「時の流れは逆らえません・・・」なんと臆した心かーー胸に痛みが走った。
伸一は、自分が頭を下げて混乱が収まるならば、それでよいと思っていた。辞任は避けられないかもしれないとも考えていた。また、皆が対応に苦慮し続けてきたことも、よくわかっていた。しかし、それにしてもふがいないのは“時流”という認識である。
“ただ状況に押し流されて、よしとするなら、いったい学会精神はどこにあるのか!大事なのは、広宣流布のために学会を死守しようという奥底の強い一念ではないか!”
伸一の声が静寂を破った。「わかった。私は、法華講の総講頭も、学会の会長も辞めよう。一切の責任を負う。それでいいんだな!すべては収まるんだな!しかし、会長の辞任は、宗門ではなく、学会が決めることだ。私が会長を辞めるのは、前々から考えてきたことであり、学会の未来を開くためだ」
伸一には“宗門が創価学会の会長を圧力で辞めさせるなどという前例を、絶対につくってはならない。また、そんなことになれば、宗門の歴史に、永遠に汚点を残すことになるだろう”との思いもあったのである。
戦後、宗門が危殆に瀕した時、外後の赤誠をもって、それを救ったのは学会である。そして、何よりも学会は、伸一を先頭に死身弘法の戦いをもって実際に大聖人の御遺命通りに広宣流布を邁進し、世界に妙法を流布してきた唯一無二の仏意仏勅の団体だからだ。
広布の道は第六天の魔王との壮絶な闘争である。信心をもって、その魔を見破り、戦い、勝ってきたからこそ、学会は広宣流布の大潮流をつくることができたのである。
戸田城聖は、弟子たちに、「第三代会長を守れ!絶対に一生涯守れ!そうすれば、必ず広宣流布できる」と遺言していた。ここに、常勝の道を開く団結の要諦がある。しかし、恩師が広宣流布のために言い残した精神を皆が忘れかけていることに、心が震撼する思いがした。
彼は、学会の前途を見すえながら、祈るような気持ちで首脳幹部に言った。「私は師子だ!何も恐れはしない。皆も師子になれ!そうでなければ、学会員がかわいそうだ。烈々たる闘争心と勇気をもって、創価の師弟の大道を歩み抜くのだ。その一念が不動ならば、いかなる事態にも学会は揺らぐことはない。戸田先生は見ているぞ!」彼は、席を立ち、部屋を出ていった。
伸一は、牧口常三郎と戸田城聖の師弟の大闘争と思った。創価の師とは、広宣流布を誓願し、現代に出現した「地涌の菩薩」の棟梁であり、前進の主軸である。そこに弟子の一念がかみ合ってこそ歯車は大回転を開始する。ゆえに、師弟の結合こそが創価の生命線となるのだ。
太字は 『新・人間革命』第30巻より 抜粋
このころ、学会は、絶頂期を迎えていたといってよい。いわば、最高の上げ潮をもって、学会は1979年(昭和54年)という、「七つの鐘」終了の佳節を迎えたのだ。伸一には、いつでも、師の戸田城聖に胸を張って勝利を報告できるとの自負があった。
伸一には、以前から考えてきたことがあった。それは、会長の交代であった。いつかは辞任したい旨の意向を何度か執行部に伝えたが、会長は「終身」であることを理由に反対された。宗教法人としての創価学会の代表役員を理事長に委譲した際や、77年にも交代の話を出したが認められなかった。
しかし、“折を見て会長の交代を”とも考えていた。また、仏法者として世界を展望する時、伸一には、やらねばならぬことも多々あった。世界平和の建設のため、より広範に具体的な行動も起こしていきたかった。世界の指導者との対話も、さらに重ねていく必要性を感じていた。
そして、何よりも、世界広布は、いよいよこれから本格的な建設期を迎える段階にある。だが、自分が世界へと大きく踏み出すならば、日本国内のバトンを受け継ぐ者は、激浪の海へと船出していくことになる。後を託す幹部には、信心の透徹した眼で魔を魔と見破り、勇猛果敢に戦い進んでいく決意と行動が不可欠になろう。それだけに伸一は、今こそ皆に勇気をもってほしかった。
4月5日、伸一は学会の首脳会議に出席した。宗門との問題に、いかに対処するかを協議する場である。集っていたのは、十条をはじめ、数人の中心幹部である。皆、沈痛な面持ちであった。
伸一は、いよいよ魔が、その目論見を露わにしたと思った。彼を会長辞任に追い込み、創価の師弟を離間させようとする陰謀である。それは、結果的に、広宣流布を進めてきた仏意仏勅の団体である創価学会を破壊することにほかならない。魔の蠢動は、信心の眼をもって見破るしかない。
伸一が、一人の幹部に意見を求めると、つぶやくように語った。「時の流れは逆らえません・・・」なんと臆した心かーー胸に痛みが走った。
伸一は、自分が頭を下げて混乱が収まるならば、それでよいと思っていた。辞任は避けられないかもしれないとも考えていた。また、皆が対応に苦慮し続けてきたことも、よくわかっていた。しかし、それにしてもふがいないのは“時流”という認識である。
“ただ状況に押し流されて、よしとするなら、いったい学会精神はどこにあるのか!大事なのは、広宣流布のために学会を死守しようという奥底の強い一念ではないか!”
伸一の声が静寂を破った。「わかった。私は、法華講の総講頭も、学会の会長も辞めよう。一切の責任を負う。それでいいんだな!すべては収まるんだな!しかし、会長の辞任は、宗門ではなく、学会が決めることだ。私が会長を辞めるのは、前々から考えてきたことであり、学会の未来を開くためだ」
伸一には“宗門が創価学会の会長を圧力で辞めさせるなどという前例を、絶対につくってはならない。また、そんなことになれば、宗門の歴史に、永遠に汚点を残すことになるだろう”との思いもあったのである。
戦後、宗門が危殆に瀕した時、外後の赤誠をもって、それを救ったのは学会である。そして、何よりも学会は、伸一を先頭に死身弘法の戦いをもって実際に大聖人の御遺命通りに広宣流布を邁進し、世界に妙法を流布してきた唯一無二の仏意仏勅の団体だからだ。
広布の道は第六天の魔王との壮絶な闘争である。信心をもって、その魔を見破り、戦い、勝ってきたからこそ、学会は広宣流布の大潮流をつくることができたのである。
戸田城聖は、弟子たちに、「第三代会長を守れ!絶対に一生涯守れ!そうすれば、必ず広宣流布できる」と遺言していた。ここに、常勝の道を開く団結の要諦がある。しかし、恩師が広宣流布のために言い残した精神を皆が忘れかけていることに、心が震撼する思いがした。
彼は、学会の前途を見すえながら、祈るような気持ちで首脳幹部に言った。「私は師子だ!何も恐れはしない。皆も師子になれ!そうでなければ、学会員がかわいそうだ。烈々たる闘争心と勇気をもって、創価の師弟の大道を歩み抜くのだ。その一念が不動ならば、いかなる事態にも学会は揺らぐことはない。戸田先生は見ているぞ!」彼は、席を立ち、部屋を出ていった。
伸一は、牧口常三郎と戸田城聖の師弟の大闘争と思った。創価の師とは、広宣流布を誓願し、現代に出現した「地涌の菩薩」の棟梁であり、前進の主軸である。そこに弟子の一念がかみ合ってこそ歯車は大回転を開始する。ゆえに、師弟の結合こそが創価の生命線となるのだ。
太字は 『新・人間革命』第30巻より 抜粋