『新・人間革命』第25巻 共戦の章 118p~
「本当に人間が幸福になるには"心の財"を積むしかない。その仏法を弘め、この世から、不幸をなくしていこうというのが、学会なんです」
第二の山口開拓指導は、リーダーである梅岡への、車中での指導から開始されたのだ。懇談会の会場には、あの開拓指導の折に、伸一の激励で立ち上がった人や、話を聞いて入会した人たちの顔もあった。
増田一三は「信心で本当にリウマチを克服できるのか」と信心に疑いを起こすたびに、文句を言うため、東京まで、伸一を訪ねてきた。「先生には、いつも愚痴を文句ばかりで…」という増田に「愚痴や文句は言わない方がいいに決まっていますが、どうしても、心が収まらない時には、先輩幹部にぶつかって、指導を受けていくんです。陰で文句を言ったりしてはいけません。文句を求道に変えていったから、ここまで信心を貫くことができたんです」
山内光元は、一昨年心筋梗塞で倒れ、その夜が峠だと言われたが、祈りに支えられ、危機を脱し、70歳になった。彼は、神主の家に生まれ、子どものころから、神札作りを手伝わされ、自分がいやいや作った神札を敬う大人をみると滑稽にさえ思っていた。病弱な妻が、創価学会に入会したいと言って、神札は処分するように言われたと聞くと「それは、正しい」と言って自分も入会した。
妻が次第に元気になる様子を見て、学会の出版物を読むにつれ、納得し、山本伸一の指導を聞いて、宿命という闇が払われる思いがした。夫婦で弘教に奔走した。
皆、生活費を切り詰め、経済苦や、家族の病気、家庭不和などの問題を抱えながら、広宣流布のためには、何も惜しむまい、この闘争で自身の生命を磨き、宿業を断ち切ろうと駆けつけたが、聞く耳を持つ人はいなかった。盛んだった意気は消沈した。
そんな、同志に、勇気の光を注ぎ、闘魂を燃え上がらせたのが、開拓指導の責任者である伸一であった。「仏法を語れば、心田に仏種を植えたんですから、いつか、必ず信心します。ゆえに、この『聞法下種』こそが折伏の根本です。『聞法下種』も『発心下種』も功徳は同じなんです。大事なことは、正法を語り抜いていくことなんです。私たちの下種活動は、現代において、不軽菩薩の行を実践しているんです。すごいことではないですか!」
「仏法を聞いて、信心するかどうかは相手の問題です。要は人びとの幸せを願い、何人の方に仏法を説き聞かせることができたかが大事なんです。もちろん、断じて信心させようとの強い一念が大切であることは、言うまでもありません。しかし、信心しなくとも、決して落ち込んだりする必要はありません。
一人当って駄目なら二人。二人当って駄目なら三人、5人、10人で駄目なら20人…と、ますます意気軒昂に、弘教していくんです。それが、すべて、功徳、福運となり、宿命転換の力となっていきます。皆さんは、現代の不軽菩薩であり、また、地涌の菩薩です。そして、日蓮大聖人と同じ仏道修行の大道を歩んでいるんです」伸一の指導に接した同志は、勇気が涌くのを感じた。
伊郷忠治の妻の時子は肺結核と腎臓結核を治したくて入会した。「この信心で、本当に病気がよくなるんでしょうか」との質問に、伸一は、宿命と病の関係について語っていった。
「医学の力は大切ですが、病を治せるかどうかは、根本的には、人間自身の生命力の問題になります。また、苦しまなければならないという宿命を転換しない限り、一つの病を乗り越えても、また、別の病に苦しむことになる。仏法は、その生命力を湧現し、宿命を転換する道を説いているんです」
体験に裏打ちされた、確信あふれる話には、人間の生命を揺り動かす力がある。伊郷時子は"必ず、仏法で宿業を打開してみせる!"と振るい立った。夫の忠治も信心をしてみようと思った。時子は、弘教の喜びを知った。闘病生活にピリオドが打たれたのだ。妻の体験を見て、夫の忠治も、意欲的に信心に励むようになり、二人は、萩の広宣流布の推進力となってきたのである。
ある友人が「私は、皆のように金には困っていない。これからどんな事業をしたらいいかを聞きに来た」と参加者を見下すような発言をした。伸一は、「学会は、不幸な人びとの味方です。あなたのように、人間を表面的な姿や立場、肩書で見て、蔑んでいるような人には、いつまでも、学会のことも、仏法もわかりません!」と伸一の鋭い声が響いた。「仏法を聞いて、信心するかどうかは相手の問題です。要は人びとの幸せを願い、何人の方に仏法を説き聞かせることができたかが大事なんです。もちろん、断じて信心させようとの強い一念が大切であることは、言うまでもありません。しかし、信心しなくとも、決して落ち込んだりする必要はありません。
一人当って駄目なら二人。二人当って駄目なら三人、5人、10人で駄目なら20人…と、ますます意気軒昂に、弘教していくんです。それが、すべて、功徳、福運となり、宿命転換の力となっていきます。皆さんは、現代の不軽菩薩であり、また、地涌の菩薩です。そして、日蓮大聖人と同じ仏道修行の大道を歩んでいるんです」伸一の指導に接した同志は、勇気が涌くのを感じた。
伊郷忠治の妻の時子は肺結核と腎臓結核を治したくて入会した。「この信心で、本当に病気がよくなるんでしょうか」との質問に、伸一は、宿命と病の関係について語っていった。
「医学の力は大切ですが、病を治せるかどうかは、根本的には、人間自身の生命力の問題になります。また、苦しまなければならないという宿命を転換しない限り、一つの病を乗り越えても、また、別の病に苦しむことになる。仏法は、その生命力を湧現し、宿命を転換する道を説いているんです」
体験に裏打ちされた、確信あふれる話には、人間の生命を揺り動かす力がある。伊郷時子は"必ず、仏法で宿業を打開してみせる!"と振るい立った。夫の忠治も信心をしてみようと思った。時子は、弘教の喜びを知った。闘病生活にピリオドが打たれたのだ。妻の体験を見て、夫の忠治も、意欲的に信心に励むようになり、二人は、萩の広宣流布の推進力となってきたのである。
「本当に人間が幸福になるには"心の財"を積むしかない。その仏法を弘め、この世から、不幸をなくしていこうというのが、学会なんです」