『新・人間革命』第21巻 宝冠の章 364p

伸一が感謝の言葉を述べた。「・・・書物は、人間の英知の結実です。書物の交換は、人間交流の貴重な第一歩となります。贈呈いただく図書は、尊い友情の、黄金の結晶です」書物を贈ることは、文化の橋を架けることだ。心を結ぶ道を開くことだ。良書には国境を越えた精神の触発がある。「良書を読むのはよい人との交わりに似ている」とは、アメリアの思想家エマソンの名言である。

山本伸一たちは、モスクワ大学の本館に向かった。超高層の大学本館の近くに、新しい白い塔が天に向かてそびえていた。第二次大戦で亡くなったモスクワ大学の学生や教職員を弔う記念塔である。一行は献花のために記念塔の前に立った。

"戦争など、断じて起こしてはならない。若い命が犠牲になるような事態を、絶対につくりだしてはならない。そのために、私は自らの生命をなげうって戦おう!世界を駆け巡り、人間の心と心と結ぶために、語りに語ろう!"

伸一は、トインビー博士との対談の折、博士が語っていた言葉が忘れられなかった。「権力を握った人間は、その掌中にある人々の利益を犠牲にしても、なおその権力を己の利益のために乱用したいという、強い誘惑にとらわれるものです」その権力者の魔性の心を変革するための戦いこそ、博士から託された私の使命なのだーー彼は、そう自らに言い聞かせていた。

総長室で、名誉博士号の授与式が行われた。百人ほどの人が出席していた。伸一への名誉博士号の授章は、モスクワ大学教授会の席上、同大学哲学部から提案があり、歴史学部と同大学付属アジア・アフリカ諸国大学の支持を得て、推挙され、教授会の決定をみたものであった。

ホフロフ総長は、伸一の世界平和と社会への貢献の具体的な実績をあげて賞賛し、それらが伝統あるモスクワ大学の名誉博士にふさわしい業績であることを述べ、伸一に名誉博士の学位記を手渡した。

伸一にとって、世界の大学・学術機関からの第一号となる名誉学術称号が授けられたのである。意義深き「知性の宝冠」であった。

モスクワ大学の一学部からのものではなく、大学全体から贈られた名誉学位である。音楽家による弦楽四重奏曲第二番の優雅で荘重な調べが流れた。演奏が終わると、伸一は、四人の奏者のもとに行き、握手を求めた。どうしても感謝の意を表したかったのだ。

人間的であることとは、人への感謝の心をもち、率直に、その気持ちを伝えることである。感謝なき人間主義もなければ、自身の思いを表現せぬ無表情の人間主義もない。

次いで授賞式では、s・T・メリューヒン哲学部長が、伸一の行動と思想、業績を詳細に語った。続いて、Y・s・ククーシキン歴史学部長が、モスクワ大学教授会として、山本伸一を名誉博士に推挙した理由を述べた。両部長の話から、モスクワ大学が名誉博士号の授章にあたって、あらゆる面から、極めて厳格に審査し、検討、決定した経過を、よく知ることができた。

伸一は、モスクワ大学の厚意と期待を、厳粛な思いで受け止めた。
同行のメンバーは、喜びのなかで思った。"平和貢献をはじめ、先生の人類への業績は、まさに黄金の価値を放っている。悪意をいだき、嫉妬の中傷で泥にまみれさせようとする者がいても、黄金は黄金だ。その輝きを消すことはできない"

「山本名誉博士に、東西文化の交流について、講演していただきます」文化宮殿を埋め尽くした約千人の教職員、学生から、激しい拍手がわき起こった。講演のテーマは「東西文化交流の新しい道」である。モスクワ大学のストリジャック主任講師が、伸一の言葉をロシア語に訳していった。

「民衆の、あの不屈の意思と力こそ、私には、ロシアの風土が育んだ、誇り高き特質であるように思えてなりません」ロシアの文化は、人類文化の交流に貢献していくべきものであるとし、東西文化の交流に話を進めた。


太字は 『新・人間革命』第21巻より 抜粋