『新・人間革命』第16巻 入魂の章 7P~ 

<新・人間革命 第16巻 入魂の章 開始>

1972年(昭和47年)の元日を迎えた山本伸一の胸は、天をも焦がさんばかりの闘魂が燃えていた。時を逃せば、何事も成就しない。立つときべきに立たず、戦うべき時に戦わなかければ、自身の一生成仏のチャンスも、広宣流布の好機も逃してしまう。伸一は、今こそ、全同志が総立ちする「まことの時」が、遂に来たことを、痛感していた。

いよいよ、この年の10月に、大聖人が後世の弟子たちに建立を託された、本門の戒壇となる正本堂が、総本山大石寺に落成するのだ。この正本堂によって、広宣流布の流れは立正安国の本格的な実現の檀家に入るとともに、世界広布の新展開を迎えることになる。

その新しき大建設のためには、全同志の胸中に永遠に崩れることのない堅固なる信心の柱を打ち立てねばならない。


ゆえに、この一年を「地域の年」と名付け、立正安国を実現する基盤づくりに、全力で取り組んでいった。社会の繁栄や平和といっても、それをささえるものは地域であるからだ。

地域建設に心躍らせる同志たちの、大きな励ましとなったのが、「聖教新聞」元日付に掲載された山本伸一の「わが友へ」と題する短文指導の贈言であった。伸一が、敬愛するわが同志に、“勇気の火をともしたい。希望の光を注ぎたい”と、生命を振り絞るようにして紡ぎ出した言葉である。


2日、伸一は44歳の誕生日を迎えた。伸一は、師の戸田をしのぶと勇気が涌いた。元気が出た。人間は崇高な理想に生きようと決意しても、ともすれば、自分の心に生ずる、怖れや迷い、怠惰、さらにまた、慢心によって、敗れ去ってしまうものだ。

だが、心に「師匠」という規範をもつ人は、自身の弱さに打ち勝つことができる。伸一にとって、戸田は厳たる灯台であった。師は、どんなに激しい嵐の夜でも、進むべき未来の航路を照らし出し、見守り続けてくれているというのが、彼の実感であった。
戸田という師をもてたことが、いかに幸せであったかーーと、伸一は、しみじみと思うのである。

夜、第一回の全国大学会総会が行われることになっていた。そのうちの一人が視線をそらしたのを、伸一は、見逃さなかった。就職し、職場にも会社の寮にも、学会員がいなくて、いつしか信心を忘れていたという。

伸一は、「すべてのものには使命がある。仕事に力を注ぎ、職場の第一人者になることは大切です。しかし、なんのための人生かを忘れてはならない。それは、人びとと社会に貢献するためです。この広宣流布という根本目的を忘れずに、職場の勝利者となり、立派な家庭を築き、信頼と幸福の実証を示していくことが大事なんです。それが、仏法の力の証明になるからです。」

「信心を離れて、本当の生命の充実も、歓喜もありません。どんなにお金を稼ごうが、社会的に偉くなろうがそれだけでは、最後に残るのは空しさであり、老いや死に対する不安と恐怖です。生老病死という人間の根本的な苦悩を解決できるのは仏法しかありません。」
伸一は、なんのための信心かを、青年にわかってほしかったのである。

自分の気の弱さに悩んでいるという彼に「“優しさ”と“気の弱さ”は、一つの性分のあらわれ方の違いと言えるだろうね。“優しさ”として生かされれば長所となるし、“気の弱さ”となってあらわれれば短所となってしまう。そして、性分が常に短所となって作用すれば、それが不幸の原因にもなる。」

その要因は自分の性分にあるから、どこに行っても同じようなことを繰り返してしまう。
「信心で変えられるんですか」との質問に、「人間の性分自体は変わらないが、信心によって、自分の性分を良い方向に生かしていくことができる。」

「すぐにカッとなる人というのは、情熱的で、正義感が強いということです。信心に励めば、つまらぬことでカッとなるのではなく、悪や不正を許さぬ正義の人になる。その長所の部分が引き出されていくんです。そうなっていくことが人間革命なんです。それには、具体的にどうしていけばよいのか --これが大事です。」


太字は 『新・人間革命』第16巻より 抜粋

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