『新・人間革命』第17巻 本陣の章 7P~
<第17巻 本陣の章 開始>
<第17巻 本陣の章 開始>
学会が「教学の年」と定めた1973年(昭和48年)が明けた。正本堂の建立という大目標を達成し、「広布第二章」に入って、初めて迎える新春であった。
今年こそ 今年こそとて 七歳を
過ごして集う 二百万の民
山本伸一は、戸田城聖が逝去の年(昭和33年)の年頭に発表した歌を思い起こしながら決意を新たにした。戸田は、会長就任式の席で、会員75万世帯の達成を宣言した。話を聴いた誰もが、”不可能だ!”“現実離れした目標だ”と思った。だが、この時、伸一は深く、強く心に誓った。
“これは、まぎれもなく戸田先生の出世の本懐だ。ならば、この75万世帯の達成は、弟子たる私が、絶対に成し遂げねばならぬ仕事であり、使命だ。”
そして、遂に1975年12月、7年目にして願業を成就したのだ。75万世帯二百万の同志が、創価の旗のもとに集ったのである。戸田は、年が明けた元旦の和歌に、その大願を成就した戦いの要諦をうたい残したのだ。それが「今年こそ」の一念である。
“今年しかない”“今年こそ天王山だ”と「臨終只今」の決意で走り抜いたのである。
「広布第二章」とは、仏法を基調とした本格的な社会建設の時代の開幕であり、「新しき開拓」を意味する。開拓とは、新たなる挑戦であり、死闘によってのみ切り開くことができる茨の道である。これまでと同じ考えで同じ行動をしていたのでは、開拓などできようはずがない。それは既に惰性であり、戦わずして破れていることになる。
何事も始めが肝心である。今、いかに第一歩を踏み出すかで、十年先、五十年先の勝敗が決定づけられてしまうのだ。それだけに山本伸一は、まず自分が、あの戸田城聖の和歌に示された、「今年こそ」との決意に立ち返り、再び、勇猛果敢な大闘争を開始しようと誓ったのである。
伸一は訴えた。「『広布第二章』とは、創価学会に脈打つ仏法の英知を社会に開き、人類の共有財産としていく時代の到来ともいえます。そのためには、原点に立ち返って、仏法という理念を、徹底して掘り下げ、再構築していかなくてはならない。ゆえに、本年を『教学の年』としたんです。」
「大聖人は『行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ』と仰せです。新しき発展のためには、教学の研鑽に励み、仏法の理念を極めていくことが不可欠になる。」
1973年は、別名「青年の年」とされていた。これは「広布第二章」の担い手は、まぎれもなく青年であることから、青年の新出発の年とすべく、伸一が提案し、決定したものであった。男子部長の野村勇が「心すべきことはなんでしょうか」と質問すると伸一が即座に、「師弟の道を歩めということです」と答えた。
「それは、遠心力と求心力の関係だよ。仏法を社会に大きく開いた運動を展開するというのは、これは円運動でいえば遠心力だ。その遠心力が強くなればなるほど、仏法への強い求心力が必要になる。この求心力の中心こそが、師弟不二の精神だ。」
「何かを学び、極めようとするならば、必ず師匠、指導者が必要です。ましてや人生の真実の価値を教え、人間の生き方を説く仏法を学ぶには、師匠の存在は不可欠です。師匠がいないということは、生き方の具体的な規範がないということなんです」
「師弟とは、弟子の自発的な意思があってこそ成り立つ魂の結合といえる。」また、伸一は、仏法で師への随順を説いている理由を語っていった。「法の正しい習得がなされなければ、仏道修行の成就はないからです。たとえば、車の運転を習うにも、教官の指導に従う」
「ましてや仏法には、自身の一生成仏がかかっている。間違っていれば、自他ともの幸福の道を閉ざしてしまうことになる。師匠には、随順していくことが大事なんです。」
「真心と真心の絆が、広宣流布をめざすこの魂と魂の結合が、日蓮仏法の師弟なんです」
太字は 『新・人間革命』第17巻より 抜粋
今年こそ 今年こそとて 七歳を
過ごして集う 二百万の民
山本伸一は、戸田城聖が逝去の年(昭和33年)の年頭に発表した歌を思い起こしながら決意を新たにした。戸田は、会長就任式の席で、会員75万世帯の達成を宣言した。話を聴いた誰もが、”不可能だ!”“現実離れした目標だ”と思った。だが、この時、伸一は深く、強く心に誓った。
“これは、まぎれもなく戸田先生の出世の本懐だ。ならば、この75万世帯の達成は、弟子たる私が、絶対に成し遂げねばならぬ仕事であり、使命だ。”
そして、遂に1975年12月、7年目にして願業を成就したのだ。75万世帯二百万の同志が、創価の旗のもとに集ったのである。戸田は、年が明けた元旦の和歌に、その大願を成就した戦いの要諦をうたい残したのだ。それが「今年こそ」の一念である。
“今年しかない”“今年こそ天王山だ”と「臨終只今」の決意で走り抜いたのである。
「広布第二章」とは、仏法を基調とした本格的な社会建設の時代の開幕であり、「新しき開拓」を意味する。開拓とは、新たなる挑戦であり、死闘によってのみ切り開くことができる茨の道である。これまでと同じ考えで同じ行動をしていたのでは、開拓などできようはずがない。それは既に惰性であり、戦わずして破れていることになる。
何事も始めが肝心である。今、いかに第一歩を踏み出すかで、十年先、五十年先の勝敗が決定づけられてしまうのだ。それだけに山本伸一は、まず自分が、あの戸田城聖の和歌に示された、「今年こそ」との決意に立ち返り、再び、勇猛果敢な大闘争を開始しようと誓ったのである。
伸一は訴えた。「『広布第二章』とは、創価学会に脈打つ仏法の英知を社会に開き、人類の共有財産としていく時代の到来ともいえます。そのためには、原点に立ち返って、仏法という理念を、徹底して掘り下げ、再構築していかなくてはならない。ゆえに、本年を『教学の年』としたんです。」
「大聖人は『行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ』と仰せです。新しき発展のためには、教学の研鑽に励み、仏法の理念を極めていくことが不可欠になる。」
1973年は、別名「青年の年」とされていた。これは「広布第二章」の担い手は、まぎれもなく青年であることから、青年の新出発の年とすべく、伸一が提案し、決定したものであった。男子部長の野村勇が「心すべきことはなんでしょうか」と質問すると伸一が即座に、「師弟の道を歩めということです」と答えた。
「それは、遠心力と求心力の関係だよ。仏法を社会に大きく開いた運動を展開するというのは、これは円運動でいえば遠心力だ。その遠心力が強くなればなるほど、仏法への強い求心力が必要になる。この求心力の中心こそが、師弟不二の精神だ。」
「何かを学び、極めようとするならば、必ず師匠、指導者が必要です。ましてや人生の真実の価値を教え、人間の生き方を説く仏法を学ぶには、師匠の存在は不可欠です。師匠がいないということは、生き方の具体的な規範がないということなんです」
「師弟とは、弟子の自発的な意思があってこそ成り立つ魂の結合といえる。」また、伸一は、仏法で師への随順を説いている理由を語っていった。「法の正しい習得がなされなければ、仏道修行の成就はないからです。たとえば、車の運転を習うにも、教官の指導に従う」
「ましてや仏法には、自身の一生成仏がかかっている。間違っていれば、自他ともの幸福の道を閉ざしてしまうことになる。師匠には、随順していくことが大事なんです。」
「真心と真心の絆が、広宣流布をめざすこの魂と魂の結合が、日蓮仏法の師弟なんです」
太字は 『新・人間革命』第17巻より 抜粋