『新・人間革命』第11巻 暁光の章 P16~

最初に 伸一は、以前書いたリポートは、どんな情報をもとに書かれたのかと、問い、事実とは、著しくかけ離れている、真実を報道するのがマスコミの使命ではないかと指摘した。

ジャーナリストは驚き、それほど事実と異なっていたのかと尋ねた。軍部と戦われ獄死された牧口先生が、“戦犯”と書かれるなど、大変な間違いがたくさんあると、泉田が、話した。ジャーナリストは、大変な過ちを犯したことになると、迷惑をかけたことを誤った。

学会の真実の姿を伝えると約束して、インタビューが始まった。一番関心を持っていたのが、公明党と学会の関係で、ブラジルでも政党をつくるのかとか、公明党をつくった意味などを鋭く質問してきた。

伸一は、公明党をつくったのは、日本独自の理由があるとし、日本の再軍備阻止、核戦争放棄のため、また、政治を庶民のため、平和のための政治哲学を持った政治家を政界に送る必要があったと話す。

伸一がブラジルに来たのは、政党結成の準備でもなく、政教一致を狙っているわけでもないと知ったジャーナリストは、有力週刊誌に「山本氏の晴れ渡った世界」と題してリポートを掲載した。

それは、創価学会をファシズムなどと危険視する批判の検証というかたちをとっており、極めて客観的なリポートになっていた。伸一の主張も的確にまとめられ、学会の真実に迫るものとなった。

真実は語らなければわからない。沈黙していれば誤解や偏見のままで終わってしまい、結果的には誤りを容認し、肯定することになる。


伸一は、インタビューを終え、リオデジャネイロのメンバーの案内で、市内の視察に出かけた。同行してくれたリオの支部長・婦人部長の河野夫妻に、リオでの生活の様子を聞きながら、歩き始めた。

妻の美佐子は、造船会社の技術移住者の夫とブラジルに渡ることになった。出発直前学会本部にあいさつに行った時、伸一と会うことができた。伸一は、「あなたたち一家が、リオの“一粒種”ということになる。どうせ、リオに行くなら、広宣流布の開拓者として、永遠に名を残すような歴史を築いてほしい」と激励し、リオで会うことを約束した。

新天地での夫妻の活動が始まった。ポルトガル語の話せない二人は、最初、日本語のわかる日系人を探して仏法対話をしていたが、日系人は少なく、また、日系人の多くは、日本からの派遣社員で、信心をしても何年かすると皆、日本に帰ってしまうのである。

昨日と同じことをしているだけでは、飛躍も未来の発展もない。常に新しき工夫、新しき挑戦があってこそ、新しき前進が生まれることを夫妻は感じ始めた。

夫妻はリオの広宣流布を本格的に進めるには、なんとかして日系人以外の人たちに信心を教えなければと、必死になってポルトガル語を覚え、懸命に仏法を語っていった。

夫妻は、人生航路が変わったように真剣勝負で布教の毎日を過ごした。懸命に題目を唱えては、仏法対話を日課のように続け抜いていった。

やがて、そのなかから、一緒に勤行をする人が誕生し、病を克服した体験や、経済苦を打開した体験が生まれ始めた。この生き生きと蘇っていく事実の姿を目の当たりにして、さらに、信心をする人が増えていった。

また、夫妻の代わりに通訳してくれるメンバーも出てきて、日系人以外のブラジル人が、次第に信心をするようになっていったのである。

166世帯のメンバーがいるが、サンパウロに比べ、広宣流布がなかなか進まないので恥ずかしいと言う河野に、「たった、1世帯から、5年ぐらいで、ここまで発展したこと自体、すごいことではないですか。166倍に発展したことになる。焦る必要はありません」と笑顔で包み込むように語った。


太字は 『新・人間革命』第11巻より 抜粋