『新・人間革命』第10巻 幸風の章 P117~
起工式に引き続き、新しい組織の布陣と新任幹部の発表、支部旗などの返還授与が行われた。ハワイ総支部などが誕生し、6総支部に分割された。また、男子部の武藤靖が、アメリカ本部の副本部長に就任し、アメリカ本部の事務長として、現地法人の職員となった。
エチワンダの寺院建設用地のグランドには、照明がともされ、あとは、第1回の野外文化祭の開催を待つばかりとなった。
しかし、ワッツ地区の騒動でバスが遅れたり、運行を取りやめたりしているために、かなりの出演者が、到着していなかった。ロサンゼルスから 自家用車で メンバーがピストン輸送にあたったが、とうてい対処しきれなかった。文化祭の開会時刻は、刻々と迫っていた。
文化祭の指導にあたっていた黒木昭は「ともかく、今いるメンバーで行う以外にない。グループの編成も変えることにしよう」と決断した。もはや、そうするしかなかったのである。
午後8時過ぎ、文化祭は開会となった。入場行進には大客殿の落慶法要に参加した、アメリカ女子部の鼓笛隊も 手作りの衣装で40名が参加していた。
カナダ、メキシコからも多くのメンバーが参加していた。1300人の堂々の入場行進のあと、婦人部のコーラスと女子部のダンス、男子部200名による体操となった。
メンバーには、さまざまな人種の青年がいる。黒人も白人もいた。それが互いに、強く、強く、スクラムを組み、実に見事な、芸術的な演技を展開しているのである。最後に「4段ピラミッド」が堂々と築かれ、男子部の演技は終了した。
取材にあたった、一人の記者が語っていた。「ここにこそ、人類の真実の平和と、平等主義の現実があった」と。
メンバーは、黒人も白人も一緒になって、この野外文化祭の成功を祈り、練習に励んできたのである。
騒ぎが起こってからは、白人のメンバーが、ワッツ地区に住む黒人の同志のことを心配し、安全な地域にある、自分の家に泊めたり、練習会場まで、車で送迎する姿も見られた。
その人間愛と友情が、見事なる団結の演技を織り成したのである。
あのキング牧師は、「私には夢がある」と訴えた。そして、「それは、いつの日かジョージア州の赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫とかつての奴隷主の子孫が、ともに兄弟愛のテーブルに着くことができることである」と。
役員の黒人青年ロバートは、この演技を見ながら、しみじみと思った。“学会は、私たちに、キング牧師が語った「夢」を、着実に、現実のものにしているのだ。なんと、すばらしいことだろうか。私たちの手で、きっと、このアメリカ社会を変えてみせる!”
野外文化祭は、婦人部の美しい民謡から、ハワイ総支部員250人による、ハワイアンフラダンスが始まった。飛行機2機をチャーターし、太平洋を超えて、勇んでやって来たのである。
ロサンゼルス婦人部300名による「黒田節」の躍りでは、伸一に促され、同行の幹部も歌や踊りに参加し、出演者と観衆とが一体になってフィナーレとなった。
伸一は、グランドを後にし、車に向かう途中、立っていた役員の青年たちに、励ましの声をかけ、次々と握手を交わした。
一人のアフリカ系アメリカ人の青年が駆け寄って来て、手を差し出した。
「こんな危険な時に、アメリカにおいでいただき、本当にありがとうございます。その先生の行動から、私は“勇気”ということを教えていただきました。また、人びとの平和のために生きる、”指導者の心”を教えていただきました。私は、勇気百倍です。必ず、いつの日か、私たちの力で、人種間の争いなどのない、人間共和のアメリカ社会を築き上げてまいります。ご安心ください」
こう語る青年の目から、幾筋もの涙があふれた。
太字は 『新・人間革命』第10巻より 抜粋
文化祭の指導にあたっていた黒木昭は「ともかく、今いるメンバーで行う以外にない。グループの編成も変えることにしよう」と決断した。もはや、そうするしかなかったのである。
午後8時過ぎ、文化祭は開会となった。入場行進には大客殿の落慶法要に参加した、アメリカ女子部の鼓笛隊も 手作りの衣装で40名が参加していた。
カナダ、メキシコからも多くのメンバーが参加していた。1300人の堂々の入場行進のあと、婦人部のコーラスと女子部のダンス、男子部200名による体操となった。
メンバーには、さまざまな人種の青年がいる。黒人も白人もいた。それが互いに、強く、強く、スクラムを組み、実に見事な、芸術的な演技を展開しているのである。最後に「4段ピラミッド」が堂々と築かれ、男子部の演技は終了した。
取材にあたった、一人の記者が語っていた。「ここにこそ、人類の真実の平和と、平等主義の現実があった」と。
メンバーは、黒人も白人も一緒になって、この野外文化祭の成功を祈り、練習に励んできたのである。
騒ぎが起こってからは、白人のメンバーが、ワッツ地区に住む黒人の同志のことを心配し、安全な地域にある、自分の家に泊めたり、練習会場まで、車で送迎する姿も見られた。
その人間愛と友情が、見事なる団結の演技を織り成したのである。
あのキング牧師は、「私には夢がある」と訴えた。そして、「それは、いつの日かジョージア州の赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫とかつての奴隷主の子孫が、ともに兄弟愛のテーブルに着くことができることである」と。
役員の黒人青年ロバートは、この演技を見ながら、しみじみと思った。“学会は、私たちに、キング牧師が語った「夢」を、着実に、現実のものにしているのだ。なんと、すばらしいことだろうか。私たちの手で、きっと、このアメリカ社会を変えてみせる!”
野外文化祭は、婦人部の美しい民謡から、ハワイ総支部員250人による、ハワイアンフラダンスが始まった。飛行機2機をチャーターし、太平洋を超えて、勇んでやって来たのである。
ロサンゼルス婦人部300名による「黒田節」の躍りでは、伸一に促され、同行の幹部も歌や踊りに参加し、出演者と観衆とが一体になってフィナーレとなった。
伸一は、グランドを後にし、車に向かう途中、立っていた役員の青年たちに、励ましの声をかけ、次々と握手を交わした。
一人のアフリカ系アメリカ人の青年が駆け寄って来て、手を差し出した。
「こんな危険な時に、アメリカにおいでいただき、本当にありがとうございます。その先生の行動から、私は“勇気”ということを教えていただきました。また、人びとの平和のために生きる、”指導者の心”を教えていただきました。私は、勇気百倍です。必ず、いつの日か、私たちの力で、人種間の争いなどのない、人間共和のアメリカ社会を築き上げてまいります。ご安心ください」
こう語る青年の目から、幾筋もの涙があふれた。
太字は 『新・人間革命』第10巻より 抜粋
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