『新・人間革命』第9巻 新時代の章 P35~
歓迎に応えて、団長の小山万造がデッキの上からあいさつした。「南米総支部から13名元気に、日本にやってまいりました。私たちは、皆、ようやく南米で生活の基盤を確立したばかりで、楽な暮らしをしている者は、一人もおりません。ただ、ただ、日本に行きたい。日本に行って、山本先生にお会いしたいという一心で、約40日がかりで日本にまいりました。旅費を工面するのも大変でした。休みを取るにも苦労しました。しかし、こうして、同志の皆さんの真心こもる歓迎を受け、勇気が湧いてきました。歓喜がわいてきました・・・」感極まってか、小山の言葉は、とぎれがちであった。
山本伸一は、総本山の大講堂で南米の友を迎えた。南米の友は、この時を、この一瞬を胸に描き、苦難に耐え、万里の波濤を超えて来たのである。伸一は、南米の友の心の奥深く不動の信心の楔を打とうと、渾身の力を振り絞って励ましていった。
1964年(昭和39年)第27回本部総会が、行われた。「本門の時代」の開幕の本部総会である。
伸一は次の7年間を 広宣流布の総仕上げの第1期とし、活動大綱を発表する。
第1に、総本山への正本堂の建立・寄進とそれにともなう御供養の実施。
第2に、会員600万世帯の着実な達成。
第3に、学会本部のある信濃町に、「創価文化会館」の建設と すべての県に最低1会館の設置。
第4に、公明政治連盟は 政治部から解散し、独自の路線を歩む。“政教分離”への宣言。
政策は、政策とし、あくまでも信心は信心。たとえ、政策のうえで異論を唱える人があったとしても、学会員は 学会員として、信心のうえから、大きく包容していくように。また、政策に異議、異論のある方は、よく議員と話し合って皆が、心から納得し、一番よい政策にしていきたい。それゆえ、皆の意見がさらに優れた政策をつくっていくことにもなる。
そして、発表した4項目について、再度、皆に諮った。
伸一は、最後に、「私どもも、決意も新たに、仲良く、楽しく、大きなる前進をしていこうではありませんか。」本部総会に集った幹部の総意で、「本門の時代」の第1期となる、向こう7年間の目標は決まった。「新時代」の船出の、新しき帆は上がったのである。
太字は 『新・人間革命』第9巻より
太平洋を横断し始めると、船の揺れは一段と激しさを増した。大揺れのため、食事の際も、テーブルに食器を置くことも、椅子にすわることもできない日が続いた。船酔いで、頭がフラフラになり、起き上がれなくなったメンバーが続出した。
船の揺れが、いくらか収まると座談会を開いた。船内で行われている座談会は、ほかの乗客たちの間でも話題を呼んでいた。最初は、朝晩、お経を唱え、集会で聞き慣れない歌を歌っている一団を、不可解に思っていたようだ。
そのメンバーが、創価学会員であることを知ると、多くの人は眉をひそめた。学会は「暴力宗教」であるとか「貧乏人と病人の集まり」であると、聞かされていたからだ。
ところが、船のなかで、日々、メンバーと接しているうちに、その明るさ、礼儀正しさに、好感をもつようになった。さらに、座談会の場には、朗らかな笑いがあり、そこは、和気あいあいとした雰囲気に包まれていた。乗客は、次第に、学会に強い関心をもつようになっていったのである。
座談会が開かれるたびに、乗客も、二人、三人と参加するようになった。そのなかには、後日、入会した人もいた。
5日未明「あるぜんちな丸」は横浜港の沖合に停泊していた。港から1艘のランチボートが近づき、出迎えた。桟橋に接岸すると、地元・横浜の学会員300名による 歓迎の合唱が、響いた。
歓迎に応えて、団長の小山万造がデッキの上からあいさつした。「南米総支部から13名元気に、日本にやってまいりました。私たちは、皆、ようやく南米で生活の基盤を確立したばかりで、楽な暮らしをしている者は、一人もおりません。ただ、ただ、日本に行きたい。日本に行って、山本先生にお会いしたいという一心で、約40日がかりで日本にまいりました。旅費を工面するのも大変でした。休みを取るにも苦労しました。しかし、こうして、同志の皆さんの真心こもる歓迎を受け、勇気が湧いてきました。歓喜がわいてきました・・・」感極まってか、小山の言葉は、とぎれがちであった。
山本伸一は、総本山の大講堂で南米の友を迎えた。南米の友は、この時を、この一瞬を胸に描き、苦難に耐え、万里の波濤を超えて来たのである。伸一は、南米の友の心の奥深く不動の信心の楔を打とうと、渾身の力を振り絞って励ましていった。
1964年(昭和39年)第27回本部総会が、行われた。「本門の時代」の開幕の本部総会である。
伸一は次の7年間を 広宣流布の総仕上げの第1期とし、活動大綱を発表する。
第1に、総本山への正本堂の建立・寄進とそれにともなう御供養の実施。
第2に、会員600万世帯の着実な達成。
第3に、学会本部のある信濃町に、「創価文化会館」の建設と すべての県に最低1会館の設置。
第4に、公明政治連盟は 政治部から解散し、独自の路線を歩む。“政教分離”への宣言。
政策は、政策とし、あくまでも信心は信心。たとえ、政策のうえで異論を唱える人があったとしても、学会員は 学会員として、信心のうえから、大きく包容していくように。また、政策に異議、異論のある方は、よく議員と話し合って皆が、心から納得し、一番よい政策にしていきたい。それゆえ、皆の意見がさらに優れた政策をつくっていくことにもなる。
そして、発表した4項目について、再度、皆に諮った。
伸一は、最後に、「私どもも、決意も新たに、仲良く、楽しく、大きなる前進をしていこうではありませんか。」本部総会に集った幹部の総意で、「本門の時代」の第1期となる、向こう7年間の目標は決まった。「新時代」の船出の、新しき帆は上がったのである。
太字は 『新・人間革命』第9巻より