小説 新・人間革命に学ぶ

人生の 生きる 指針 「小説 新・人間革命」を 1巻から30巻まで、読了を目指し、指針を 残す

August 2019

高等部員への御書講義

『新・人間革命』第9巻 鳳雛の章 P169~

伸一は、高等部員の本格的な成長を図るために、年明けから、毎月、御書の講義を行うことを決意したのであった。研鑽する御書を「諸法実相抄」とした。


メンバーは予習に力を注いだが、通解をすることさえ容易ではなかった。ある女子高等部員は、講義録を見つけ、研鑽に励んだ。あるメンバーは事前に130回も拝読して臨んだ。

伸一は、そこに高等部員の、力の限り、体当たりでぶつかろうとする、一途な求道の心を実感した。確かな手応えを感じた。彼は、メンバーの拝読と、すばらしき通解を聴き、ことさら、平易に語る必要はないと思った。

しかし、観念的な理解にならないように、高校生の生活に即して、説明するように心がけた。例えば、「依正不二」についてはこう語った。

「諸君だって、頑張って勉強し、成績がよくなって、喜び勇んで家に帰ったような時には、家のなかの感じも違うでしょう。お父さんお母さんの、目つきも違ってくるし、お小遣いも多くなるかもしれない。」

「自分の一念、生命が変われば、周囲の感じ方も変わってくるし、環境そのものが変化していく。その原理を示しているのが、『依正不二』ということです。」

「戦争といっても、本当の要因は人間の心のなかにある。人間の支配欲、征服欲、権力欲、憎悪、怨念等々から起こるものです。だから、平和といっても、人間革命が根本になる。」

「また、最近、深刻になっている公害も、現代人の欲望の産物です。便利さ、豊かさばかりを追い求め、自然との調和を忘れた人間の生き方に、その大きな原因がある。」

「依正不二という考え方にたつならば、結局は、環境の破壊は、人間自身の苦しみに繋がることは明らかになる。だからこそ、正しい哲学を確立し、人間の生き方、考え方、そのものを変えていかなくてはならない。それが人間革命です。」若き鳳雛たちは、仏法の深遠な思想に触れ、感動に瞳を輝かせていた。講義が終わると、彼は皆にタイ焼きをごちそうした。そこには家族のような温かさが漂っていた。

伸一は、この日の夜、当時の佐藤栄作首相を、鎌倉の別邸に尋ね、会談することになっていた。“私は、皆を、生涯、守り続けていかねばならない。そして、この高校生たちが、自在に活躍できる大舞台を開くのだ。そのために、佐藤首相とも、日本の将来のこと、教育の問題、国際問題について、十分に語り合おう”

伸一は、このころから、日本の、そして、未来のために、各界の要人たちとの対話を、心がけていたのである。

「生死一大事血脈抄」の講義の折であった。「諸君は、この御文を胸に刻み、一生涯忘れずに、互いに戒め合い、異体同心の団結で、広宣流布の総仕上げをしていただきたい。そうすれば、広宣流布の不滅の流れができる。」

「大聖人亡きあと、なぜ、日蓮教団は分裂していったか。それは、日興上人を中心に、団結することができなかったからです。」

「人間は、年とともに、権力に心を奪われ、自分の地位、立場などに強い執着をもち、名聞名利に流されていく。『自己中心』になっていくものです。すると、信心をもって団結することができなくなる。それでは、どんな学会の役職についていたとしても、信心の敗北だ。信心というのは、結局は、この『自己中心』の心との戦いなんです。」

彼の講義は、時に遺言のように、メンバーの胸に鋭く迫った。
「佐渡御書」では、「悪は徒党を組んで、正法を滅ぼそうとする。学会憎しの一点で、政治権力も、宗教も合同して、攻撃の牙をむいてくるにちがいない。しかし、たとえ、一人になっても“師子王”のごとき心をもって、広布の使命を果たしていくのが本当の弟子です。」

「真実の団結というのは、臆病な人間のもたれ合いではない。一人立つ獅子と獅子との共戦です。」
彼の講義には、側近の最高幹部に指導するかのような、厳しい響きがあった。


太字は 『新・人間革命』第9巻より 抜粋

学会二世への指導

『新・人間革命』第9巻 鳳雛の章 P163~

全国高等部員会で、伸一は、「正義」「親切」「勇気」など、すべては「信心」の二字のなかに収まり、信心強盛な人こそ、最高に立派な人であると訴えた。

指導後、ともに勤行・唱題を終えると場内から 歌の指揮をとってくださいとの注文が。伸一はそれに応え、「武田節」を3回、「日本男子の歌」をと休む間もなく、指揮をとった。幹部たちは、際限のない高等部員の要望に、ハラハラし始めた。しかし、当の伸一が、その要望に応え、「なんでもやります!」と言っている限り、制するわけにもいかなかった。

彼に、息の乱れはなかった。堂々とした、鳳を思わせる指揮であった。自分たちの要望をどこまでも聞生き入れ、何局も何曲も、指揮をとってくれる伸一の姿に、メンバーは、目を潤ませながら熱唱した。

“先生は、お疲れであるはずだ。しかし、ここまでやってくださる・・・”この部員会は、参加者にとって、生涯、忘れえぬ思い出となった。

さらに、首都圏の高等部員会に出席した伸一は、自身の胸に込み上げる思いを、率直に語っていった。
「私は、皆さんが出現するのを待っていました。師匠と弟子というのは、『針』と『糸』の関係にあたります。師匠が『針』、弟子は『糸』です。針は、着物を縫う時、先頭を切っていきますが、最後は不要になり、後に残った糸に価値がある。私は針です。最後に広宣流布の舞台に立つのは皆さんです。
諸君のために、完璧な布石をしていくことが、私の本門のなかの本門の活動であると決意しております。」

ここで山本伸一は、民族の解放のために戦い政府軍に捕らえられて銃殺された、20歳のベトナムの青年と、1920年に16歳で獄死した「韓国のジャンヌ・ダルク」といわれる、女子学生・柳寛順(ユクワンスン)について語っていった。彼女は、日本の過酷な植民地支配に抗し、韓国の独立のために立ち上がった乙女である。

伸一が二人の青年の話をしたのは、命を賭して祖国を守ろうとした、ほぼ同世代の若者の心を知ってほしかったからである。また、世界には、戦火に苦しみ、自由を奪われ、貧困に喘ぐ、たくさんの民衆がいる。その苦悩に目を向け、同苦する人に育ってほしかったからでもある。

特に柳寛順について語ったのは、日韓の友好のためには、日本人が日韓の歴史を、正しく認識する必要があると考えていたからであった。

伸一は、両国民が、末長く、信頼と友情で結ばれていくには、若い世代に、真実の歴史を伝えていかなければならないと、痛感していた。

日本の若者たちは、韓国のことも、かつて、日本が韓国で何をしたかも、あまりにも知らなすぎた。教育の場でも、ほとんど教えられることがなかったからであろう。だから、伸一は、高校生たちが隣国・韓国を知る“深き触発”になればと、あえて柳寛順について語ったのである。

彼はこの話のあと、こう訴えた「私は、皆さん方には、そんな苦しい戦いは絶対にさせません。体を張って守り、苦労は全部、私が引き受けていくつもりでおります。ただし、広宣流布の決意という面では、殉難の覚悟が必要です。遊び半分では、尊き世界の平和を築くことも、不滅の民衆の時代を開くこともできない。広宣流布の活動というのは、権力の魔性との厳しき戦いであり、人生をかけた、断じて負けられぬ、真剣勝負の戦いであることを、申し上げておきたい」

1月8日山本伸一の、男女高等部員の代表に対する御書講義が始まった。高等部員の大多数は、いわゆる「学会二世」で、親が先に入会し、いつの間にか、自分も信心をするようになっていたというメンバーであった。したがって、信心で生活苦や病苦を乗り越えたといった自分自身の体験を持っている人は少なかった。

そうした世代が、仏法への確信を深めていくには、教学を身につけることだ。教学という理は、信を生み、高められた信は、さらに仏法への理解を深めていくからである。

太字は 『新・人間革命』第9巻より 抜粋

鳳雛よ未来に羽ばたけ

『新・人間革命』第9巻 鳳雛の章 P153~

「私も諸君に対して、“早く生い立て”との思いでいっぱいです。私が会長である限り、諸君の道を開き、見事に広宣流布の総仕上げをさせてあげたい。どうか、今日、集まった高等部の第一陣の幹部の諸君は、10年先、30年先、50年先までも、結束を固めていっていただきたい。そして、創価学会を守っていただきたい。学会員を守っていただきたい。民衆を守っていただきたい。」

「とともに、“広宣流布のバトンは引き受けた。広布の総仕上げをするのだ!”との決意をもっていただきたい。そのために、現在は、題目をしっかり唱え、あくまでも、勉学第一で進んでいく必要がある。また、両親に迷惑をかけたり、嘆かせるようなことがあってはならない。人格も優れ、学校の成績も誰よりも優秀であり、健康であるというように、色心不二の人間革命の基礎を確立していっていただきたいのであります。」

11月号の『大白蓮華』の巻頭言に伸一が執筆した『鳳雛よ未来に羽ばたけ』と題する高等部の指針が発表された。高等部に対する山本伸一の期待は絶大であった。

伸一は、皆が、信心とは何かを知り、その実践として唱題してほしかった。そこに大いなる智慧が磨かれ、生命が豊かになり、健康体となっていく道があるからだ。彼は、その思いを記したあと、今は『勉学第一』で、広く知識を求め、将来の大成を期してゆかれんことを、心から願望するものである」と呼びかけた。

ここには、高等部が何をすべきかが、明確に示されていた。これによって「勉学第一」は、永遠の指針となったのである。

大白蓮華の巻頭言を、全国の高等部員は、何度も、何度も、貪るように読み返し、部員会などでも、必ず朗読し、皆が暗唱するようになった。鳳雛たちは、これを通して、自分たちの、あまりにも深く、大きな使命を自覚していったのである。

経済的に厳しい家庭環境のなかで、大学進学をめざして、新聞配達を始めたメンバーもいた。皆の唱題にも、一段と力がこもった。メンバーは競い合うようにして、次々と猛勉強を開始していった。

未来の使命を自覚した人は強い。その時、才能の芽は急速に伸びるといってよい。指針「鳳雛よ未来へ羽ばたけ」は、青年部の幹部や親たちの高等部への認識を、一歩も二歩も、深めていった。

「高等部員の使命は計り知れないものがある。学会の宝なんだ。大切に育てなければ」そんな雰囲気が学会のなかにみなぎっていった。

11月23日には、中等部、少年部にも、それぞれ部長が誕生した。誠実で正直な人柄の加藤武久が中等部長、裏表のない生命の清らかさが感じられる森永安志が少年部長になった。

翌年「高等部の年」と銘打たれた1966年(昭和41年)1月3日未来部の代表登山会が行われた。
山本伸一は、全国の高校生の代表とともに飾りたかったのである。その夜、完成したばかりの高等部のバッジが伸一からメンバーの代表に授与された。

伸一は「1971年の1月3日、5年後の今日、ここに集った皆様方全員と再びお会いしたい」と提案する。


若い同志の成長には、希望の指標が必要である。めざすべき目標が定まれば、その歩みには、大きな力がこもる。青春の5年の歳月は、かけがえのない黄金の日々であり、その後の人生の、10年、20年分に相当する。山本伸一は、5年間で、皆がどれだけ成長できるのか、じっと見守っていきたかったのである。

伸一は、5年後の1971年に約束を果たし、メンバーと再会した。そして、皆の成長を称え、「5年会」の名称を贈るとともに、5年ごとに集い合っていくことを、提案したのである。


太字は 『新・人間革命』第9巻より 抜粋

鳳雛誕生

『新・人間革命』第9巻 鳳雛の章 P136~

2月下旬から高等部の署名が開始され、伸一はその署名簿の扉に「5年後をめざして僕等の希望を」と揮毫した。署名簿が山本伸一のもとに届くと、彼は、一人ひとりの決意を生命に焼きつけるように、丹念に目を通し、仏前に備えて、皆の成長を真剣に記念したあと、会長室に保管した。折あるごとに、この署名簿を開き、皆の希望が実現するように、題目を送っていったのである。

7月には 高等部長に上野雅也が任命され、全国に組織化された高等部員をまとめ、責任をもって育成していく、中心が定まったことになる。上野は、高等部員にとっては、ほとんど馴染みのない顔であった。彼は、26歳になる男子部の幹部の一人で、山本伸一が学生の代表に行った、「恩義口伝」講義の受講生でもあった。

彼の入会は高校1年生の時である。4歳の時、実父を肺結核で亡くし、再婚した母と継父となじめず、悶々とした思春期を送っていた。継父が先に入会し、一緒に信心したいという母が喜ぶならと入会したのだ。

大学受験を控えた時、実父と同じ肺結核と診断され、当時は、不治の病と言われていたため、絶望してしまう。だが、学会の男子部の先輩が「今こそ、仏法のすごさを知る時だ。本気で題目を唱えてみろよ。必ずよくなる!ぼくも応援するから、頑張ろうよ」と激励され、猛然と唱題に励んだ結果、数か月後 肺から影は完全に 消えていた。

慶応大学に合格し、学会活動に駆け巡ったが、仕事と学会活動の忙しさに流され、肺結核が再発し、入院することに。その間継父が亡くなり、多額の借金があることがわかる。希望をもって社会人としてのスタートを切って間もなくの試練である。

その時、山本会長から激励の手紙をもらい、“負けてたまるか。すべてを乗り越えて、山本会長に報告するんだ”とひたぶるな唱題が始まり、やがて結核は治り、職場に復帰できた。

山本伸一は、多感な時期に信心を始め、自身の悩みを一つ一つ克服してきた彼なら、高等部員のよき兄になるだろうと考え、高等部長に任命したのである。上野は新任幹部のあいさつで、高等部10万人の達成をめざすと目標を発表した。

後に高等部は 学生部から独立した組織となる。9月には、少年部も結成を迎え、少年・中等・高等部の、今日の未来部の組織が整ったのである。

10月高等部の旗が完成し、授与式が行われた。旗の布地は緑で、中央に白抜きの、大きく羽根を広げた鳳凰の若鳥が描かれ、その下に、「創価学会高等部」の文字が染め抜かれていた。

鳳凰とは、中国で古くから尊ばれた想像上の瑞鳥で、仁政を施す天子の出現の前兆として、世に現れる鳥とされている。日蓮大聖人は、諸経の王である法華経を、鳳凰に譬えられている。

伸一は、高等部員が時代の大指導者に育ちゆくことを念じ、最大の期待を込めて、折に触れて高等部員のことを「鳳雛」すなわち“鳳凰の雛”と呼んできたのである。

また、緑色は、若葉の清々しさがあり、平和をイメージする色でもある。そこから、やがて世界に雄飛し、人類の平和と幸福を築きゆく高等部の旗に、緑は最もふさわしい色と考えたからである。

300名近い授与である。生命の楔を打ち込むかのように、それぞれの眼をじっと見つめ、激励の言葉をかけ続け、未来に輝く偉大な緑の部旗を授与していった。

彼の目は、未来の大空を自在に舞いゆく鳳の姿をとらえていた。

「会長就任から満5年が過ぎましたが、最高にうれしい日は本日であります。なぜならば、この高等部員を第一陣として、諸君の後輩である中等部員、並びに少年部員が、第二陣、第三陣と続いております。この3つの部より、将来の会長が出なくてはならないし、出てもらいたい。また、出るのが当然ではなかろうかーーこれが私の希望なのであります」

参加者の胸に熱い感動が走った。



太字は 『新・人間革命』第9巻より 抜粋

21世紀への布石

『新・人間革命』第9巻 鳳雛の章 P119~

高等部は、本来、高校生の手によって運営していくことをめざしていた。活動の主体者は、あくまでも高校生であり、その活動をバックアップしていくのが担当幹部である。それが、伸一の考え方でもあった。

来年からは高等部の夏期講習会を実施し、伸一が御書講義をしたいと話すと、未来のための布石は大切だが、支部長、婦人部長、男女青年部の幹部への指導を、優先してほしいという幹部もいた。

伸一は苦笑しながら言った。「みんなは目先のことしか考えない。しかし、30年後、40年後の学会をどうするのか。その時、学会の中核になっているのが、今の高校生です。苗を植えなければ、木は育たない。大樹が必要な時になって、苗を植えても、手遅れだ。手を打つべき時を逃してはならない。そして、最も心を砕き、力を注がなくてはならないのは、苗を植えた時です。」

「枯れずに、ちゃんと根を張って伸びていけるのか、太陽の光が当たるのか、水や肥料は十分に行き渡っているのか、よく見ていく必要がある。これから、3、4年は、高等部に手をかけ過ぎるぐらいでなければ、広宣流布の未来は失敗します」

「私が、今やっていることの意味は、30年後、40年後に明確になります」

首都圏と関西での高等部員会の開催が聖教新聞に報じられると、全国各地に大きな波動が広がった。全国の高校生が「一日も早く、ぼくらの地域にも高等部の結成を」と祈り、その日を待った。

年が明けて、1965年1月15日「成人の日」に、高等部は、首都圏と関西を除く全国の27本部で発足の集いが開かれた。一方、中等部は、この日全国の34本部で結成をみたのである。

伸一は、青年部長の秋月に、「これまでに高等部員になった首都圏と関西のメンバーそれに、今日集ってくる全国のメンバーを、高等部の一期生としてはどうだろうか。中等部も、この日の結成式に参加したメンバーを1期生としては、どうかと思う。そうすれば、みんなの自覚が深まるからね」

さらに、中等部の指針として5つの目標を指針を示した。

中等部結成式には、小学校5年生になっていた、伸一の長男正弘も参加していた。
正弘は、中等部1期生になった喜びを 家に着くなり意気揚々と 母に語るのだった。

高・中等部1期生になった喜びをつづった手紙が何通も伸一のもとに届いた。伸一は高等部1期生のメンバーで決意の署名をしてはどうかと提案する。

秋月は、こんこんとわき出る、泉のごとき提案の数々に、驚嘆し、言葉を失ってしまった。秋月は伸一に尋ねた。
「先生の次々と打たれる手には、今更ながら驚き、感服するのみです。そうしたお考えは、どうすればでてくるのでしょうか」

「すべては真剣さだよ。私は、21世紀のことを真剣に考えている。その時に、誰が広宣流布を、世界の平和を、担っていくのか。誰が21世紀に、本当の学会の精神を伝えていくのか。それは、今の高等部、中等部のメンバーに頼むしかないじゃないか。だから、一人ひとりに、しっかりと成長していってもらうしかない。大人材、大指導者に育ってもらうしかない。」

「では、どうすればよいのか。何もしなければ、人は育たない。大切なのは触発だ。その触発をもたらすには、日々、命を削る思いで、成長を祈ることだ。そして、”どうすれば、みんなの励みになるのか”“どうすれば希望がもてるのか”“どうすれば、勇気が出せるのか”を瞬間瞬間、懸命に考え続けていくことだ。」

「強き祈りの一念が智慧となり、それが、さまざまな発想となる。責任感とは、その一念の強さのことだ」

秋月は、厳粛な思いで、伸一の指導を受けとめた。

太字は 『新・人間革命』第9巻より 抜粋
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