小説 新・人間革命に学ぶ

人生の 生きる 指針 「小説 新・人間革命」を 1巻から30巻まで、読了を目指し、指針を 残す

May 2019

将軍学

『新・人間革命』第6巻 加速の章 P233~

総会が行われた、5月3日の夜、東京・荒川区の常磐線三河島ー南千住間で傷ましい大参事が起こった。
電車の二十衝突事故である。連休で混み合っていたこともあり、死者160人、重軽傷者325人を出すに至った。

伸一は、事故に遭った会員の家族を全力で激励する一方、何がこれほどの大参事を引き起こしてしまったのかを考えていた。

当時、国鉄(現在のJR)では労使問題が紛糾し、しばしばストライキや信号所を占拠する事態が生じていたことから、そうしたなかで国鉄職員の綱紀の緩みが生まれ、この事故につながったと指摘する評論家もいた。

伸一は、見方を変えれば、いかに神経を働かせ、注意を払っていたとしても、ミスをしてしまうのが人間ともいえる。したがって、ミスを事前に防止でき、たとえミスがあったても、事故を防げる対策が施されていなければならない。

二年後の1964年(昭和39年)に開催される東京オリンピックをめざして、道路やビルの建設も急ピッチで進み、日本の経済はめざましい発展を遂げつつあった。だが、山本伸一は、経済ばかりが先行し、人命を守るという最も肝心なことが見失われつつあることが、心配でならなかった。

国や社会の豊かさ、文化の成熟度は、単に物質的な側面や経済的な発展だけで推し量ることはできない。人命や人権を守るために、どれだけの配慮があり、いかなる対策が講じられているかこそ、実は最も根本的な尺度といえよう。

そして、人命、人権を守る国家、社会を築くには、生命の尊厳という理念、哲学が絶対の要請となる。

哲学という精神の骨格のない現代の日本は、何を根本の価値とすべきか、何と最優先すべきかがわからなかくなってしまっている。これは、放置しておけば大変なことになる。この事故は未来への警鐘だ。

伸一は、人間の精神の勝利のために、仏法という真実のヒューマニズムの哲理を、一日も早く、流布しなければならないと思った。彼は、広宣流布の前進の加速の必要性を、強く実感したのである。

全国の同志も、この三河島事故に、仏法の生命哲理が深く根差していれば、こんな事態には至らなかったのではないかと、痛恨の思いをいだいた。そして、広宣流布への使命と責任を、さらに深く自覚していったのである。

山本伸一の会長就任3周年へのスタートを切った5月は、弘教の勢いが一段と高まった。
伸一はこの5月6月で、全国を一巡し、各地の同志とともに、再び新出発することを決意していた。

人を燃え上がらせるためには、まず、リーダーが自らの生命を完全燃焼させることだ。人を動かすには、自らが動き抜くことだ。御聖訓には『大将軍をくしぬれば歩兵臆病なり』と。

組織といっても、リーダーの一念の投影である。

ゆえに、指導者は自らに問わねばならない。勝利への決定した心はあるか。
強盛なる祈りはあるか。
燃え上がる歓喜はあるか。
そして、今日もわが行動に悔いはないかーと。
それは伸一が戸田城聖から教えられた将軍学でもあった。


広宣流布の前進は加速度を増し、三百万世帯の達成まで、もう一歩となった。

<加速の章 終了>


太字は 『新・人間革命』第6巻より抜粋

就任3周年へ向かって

『新・人間革命』第6巻 加速の章 P228~

会長就任2周年の5月3日 伸一は 会長講演で 正法の流布があるところ、偉大なる文化が花開くことを述べ、こう訴えた。

「正法が、人びとの生き方の根底となり、王仏冥合の姿となっていくならば、いかに優れた文化が生まれ、平和で、安穏な社会を建設できるかを物語っております。」

「その大仏法を根底とした未聞の人間文化の大輪を咲かせ、民衆の幸福と社会の繁栄を築いていくのが、私たちの広宣流布の大運動であります。」

「妙法による人間の生命の変革は、自然環境にも必ず及んでまいります。また、たとえ、台風など、激しい雨が降ることがあったとしても、信仰によって培われた英知は、災害に苦しむことのない、安全対策の整った社会の実現を可能にするともいえます。」

「この幸福にして平和な社会の建設こそが、私どもの信仰の目的であります。」

伸一は、悲哀の淵から立ち上がった創価の友に、われわれの一念によって、自己の人生はもとより、時代、社会が、全人類、全宇宙が変わっていくことを訴えたのである。

それは"小我"から"大我"へと至る境涯の革命の号砲であり、民衆が真に歴史の主体者として立つ、覚醒の叫びでもあった。


「今の日本の不幸は、民衆を幸福にし、恒久平和を建設していくための、確固とした理念、哲学がないことです。生命の尊厳を裏付ける哲学もなければ、慈悲の思想もない。人間の生き方や根本の価値を教える哲理を見失い、精神の骨格なき社会になってしまっております。」

「ゆえに、政治にせよ、経済にせよ、あるいは教育にしても、確かなる展望が開けず、迷い、揺れているというのが現状です。」

「その日本の国を救う、精神の骨格、大理念、大哲学となるのが日蓮大聖人の仏法であると、私は断言したいのであります」

参加者は、自分たちの行っている弘教の社会的な意義の深さを、改めて認識していったのである。

「日本の未来を、また、21世紀の世界を考えるならば、わが創価学会の主張と実践を高く評価し、賛同しなければならない時が必ず来るであろうし、既に時代の底流は、そうした段階に入ったといえます」

「しかし、そうであればあるほど、学会への嫉妬も強まるでしょうし、無認識や偏見ゆえの批判も起こるでありましょう。さらに、広宣流布を阻もうとする、さまざまな謀略もあるにちがいありません。」

「だが、何があっても、日蓮大聖人の御金言を、御本尊を信じて、いかなる権力にも、いかなる迫害にも、決して屈服することなく、確信と勇気をもって、崇高なる信心を貫き通してまいろうではありませんか。」

人間のための文化と社会を建設しゆく決意が、集った同志の胸中に、炎となって燃え上がった。

創価学会は伸一の、会長就任3周年に向かって船出したのである。

総会を終えた参加者は、薫風のなか、勇んで、再び布教を開始していった。

"私たちは、ただ自分の小さな悩みを解決するためだけに、信心をしているのではない。御書に仰せの、安穏な理想社会を、この世に築くという、もっと崇高で大きな目的のために、信心に励んでいるのだ"

信仰は人格を陶冶し、陶冶された人格は、社会建設の使命の自覚を促すものである。


太字は 『新・人間革命』第6巻より抜粋

会長就任2周年

『新・人間革命』第6巻 加速の章 P216~

会長就任2周年の5月3日を 布教の大勝利をもって迎えようーそれが全同志の決意であった。
潮が満ちるように、弘教の歓喜の波は広がっていたのである。

会員の世帯は、2年前の140万世帯から260万世帯へと、2倍近い発展を示していた。

この二年間は、伸一の構想通りの広宣流布の伸展であり、大勝利の歩みであったことは間違いない。

では、その流れを、さらに確実なものにしていくために、いかなる指導性が求められるのかを、伸一は考え続けた。

1962年5月3日 東京・両国の日大講堂で会長就任2周年の第24回総会が開催された。

ヨーロッパ連絡責任者の川崎鋭治が海外会員を代表して、あいさつに立った。
山本伸一は、川崎が広宣流布のリーダーとして、たくましく育ちつつあることを喜び、真っ先に拍手を送った。

伸一は命の限り、世界の各地に、平和と友情の広布の道を開き続ける決意でいた。しかし、その道を歩み、整え、さらに広げる人がいなければ、再び草に埋もれてしまうことになる。だから、彼は、ヨーロッパの地にあって、川崎が立ち上がったことが、うれしくてならなかったのである。

伸一は、自分がいなくなったならば、広宣流布はどうなるかということを、常に考え続けていた。

彼は、まだ34歳ではあったが、もともと病弱なうえに、一瞬一瞬、全力で疾走するかのように動き続けているだけに、いつ倒れてもおかしくはなかったからだ。

それゆえに、伸一は、人材を欲していた。人材を見つけ、育てることに最大の力を注ぎ、人と会えば、一期一会の思いで、全魂を傾けて激励し抜いた。

日達法主が講演のなかで、総本山に建設が進められている大客殿が、この常寂光の浄土の姿であると語り、参加者に、僧俗一致して広宣流布の願業に邁進しようと呼びかけ、話を結んだ。

集ったメンバーは、供養の喜びと感激を噛み締めた。宗門は、自分たちの真心で寄進した大客殿を、永遠に宝塔としてたたえ、大切にしてくれるにちがいないー大聖人の信徒たる創価の同志は、誰もがそう信じた。誰もがそう確信していた。

この総会には、当時宗門の教学部長で、後に67世の法主となり、大客殿を取り壊した阿部信雄、すなわち日顕も出席し、壇上に座っていたはずである。

彼が、日蓮正宗の僧侶として師と仰ぐべき日達法主の講演を、いかなる思いで聞いていたのかは知るよしもない。

しかし、日達法主の時代に学会が寄進した総本山の建物を次々と取り壊し、その功績を否定する彼の行為は、師への重大な背反であることは断じて間違いない。

会長講演で 伸一は、感謝の意を表したあと、会長就任3周年への出発の決意を、力強く語った。

そして、仏法と文化の関係に言及していった。


太字は 『新・人間革命』第6巻より抜粋

公明政治連盟結成の意味

『新・人間革命』第6巻 加速の章 P204~

大客殿建立は、恩師戸田城聖の遺言であり、山本伸一が 7回忌までの目標としていた誓願であった。

建立にあたっては、世界の名産を使うよう、言い残していたのである。

大客殿の支柱となるコンクリートの土台には、世界広宣流布の意義を込めて世界各国の石を埋めることになっていた。このため、伸一は各国の石を収集してきたのでる。

広宣流布を使命とする創価学会の同志は、大客殿の建立に賛同し、喜び勇んで、真心の浄財をもって建設に尽力してきた。

全同志は、この大客殿の起工式を伝える聖教新聞の報道を涙で読んだ。
全国各地の座談会で、会員たちは、大客殿の起工式を喜び、祝った。

同志の多くは、あまりにも質素な、慎ましい暮らしをしていた。しかし、法のため、広布のため貢献することができる誇りが、皆の心に脈うっていた。まさしく、大客殿は、同志の美しく清らかな真心の結晶であり、仏国土建設の希望と歓喜の象徴であった。

それから、30年ほど後に、法主の日顕によって、総本山興隆の大功労者である山本伸一が一方的に総講頭を罷免され、創価学会の破門が通告され、さらには、大客殿が解体されるに至るとは、誰人も予測しえなかったにちがいない。

同志の赤誠を踏みにじったのみならず、信徒を奴隷のごとく支配するために、創価学会という仏意仏勅の団体を壊滅しようとした、嫉妬に狂った日顕の大罪は、仏法の眼から見れば、永遠に消えることはない。

北海道に到着した伸一は、北海道女子部の部長であった故嵐春子をしのんで、桜の木の植樹を行った。

歳月は、やがて、去りし人を忘れさせる。だが、伸一は、健気に広宣流布に生き抜いた同志を顕彰し、その功労を、永遠に残していきたかった。

また、この桜の植樹をもって、北海道の女子部員たちが、嵐山の死の悲しみを乗り越え、希望の未来へと出発する契機としたかったのである。


北海道の幹部会で伸一は、学会への世間の中傷がいかに根拠のないものであるかを語った。
「社会の指導者といわれる人でも、学会の真実を見極めたうえで語っているわけではありません」

ひとたび、植えつけられた先入観や固定観念を覆すのは、容易なことではない。しかし、それを打ち破り、真実を見抜く、人びとの眼を開かせることから、新しき時代の建設は始まるのである。

伸一は、なぜ、学会が公明政治連盟を結成して、同志を政界に送り出すのかに言及していった。

「北条時宗への御状」の「国家の安危は政道の直否に在り仏法の邪正は経文の明鏡に依る」の御文を講義した。

「政治の善し悪しは、人びとが生き、幸福になっていくうえで、極めて大きな役割を果たしています。その政治が民衆を忘れ、政治家の権力や名誉欲、あるいは、派閥の力学で左右され、理念も慈悲もない政治が行われていけば、民衆は不幸です。」

ある政界の指導者に話したと語る。
「私たちは、社会の指導者と言われる人たちが、創価学会の真実を正しく理解することを願っています。」

「善良な民衆の、正しい力、偉大なる力を封じ込めようとする政治家が多くなるならば、日本の国は衰亡していくにちがいありません。」

「ともあれ、民衆を忘れた慈悲なき政治では、人びとの幸福はありえない。しかし、ただ、その現実を嘆いているだけでは、事態は変わらない。ですから、私どもは、公明政治連盟をつくり、慈悲の精神を政治に反映しようと、同志を政界に送ろうとしているのです。」

「私たち、創価学会の根本は何か。それは、その法華経を行じられた、末法の御本仏日蓮大聖人の御指南であり、御書です。無責任な評論家の言葉でもなければ、週刊誌などの批判記事でもない。誰がなんと言おうが、規範として従うべきは御書の仰せ以外にはありません。」

山本会長の講義を直接聴くのは、初めての北海道の地区幹部は、誰もが伸一の確信に胸を打たれ、御書に認められた大聖人の御言葉が、過去のものではなく、現在の自身への指導として、皆の心を射抜いた。


太字は 『新・人間革命』第6巻より抜粋

大客殿建立

『新・人間革命』第6巻 加速の章 P190~

1962年2月度の本部幹部会で弘教の結果117,547世帯の本尊流布が発表され、どよめきが起きた。
伸一が会長に就任して以来1年11か月、広宣流布の潮は、もはや誰びとも止めることのできない、時代の潮流となっていったのだ。

新しき発展は、新しき友の成長にかかっているからである。
一人ひとりが御書を心肝に染め、御書を根本にして立つ以外にないと結論していた。

教学の指導にあたるメンバーに対して「どうか、皆さんは、御書の一節でもよいから、徹底して実践し、身で読んでいただきたい。それが大聖人の教えを、すべて読みきったことに通じるからです。」

「皆さんが広布推進の原動力であることを深く自覚するならば、当然、その講義には情熱がみなぎり、わかりやすく、明快で、深いものになるはずです。」と指導した。

3月には、大石寺の大坊が完成し、完成報告法要が営まれた。日達法主から「慶讃文」が読み上げられ、護持建立の誠を尽くす山本会長の功績は甚大であり、信徒の範とすべきであるとしたうえで、最後に、伸一を法華講大講頭に任じ、その功績に報いることが述べられた。
学会の代表は、ここで初めて、山本会長の大講頭の就任を知ったのである。

3月後半には 伸一の行動は、加速度を増した。この年の11月には、学会は 300万世帯を達成する。
その数を考えれば、各県に最低、1、2の会館は必要であったが、大客殿の建立はじめ、寺院の建設など、宗門の整備を最優先にしていたのだ。

会員は交通費を節約し、何時間をかけ、会館に集ってくるのだった。伸一は、会員の負担を減らすには、どうすればよいのかを考えていくことだと幹部に話す。

「また、私とも呼吸を合わせていただきたい。私と呼吸を合わせていくには、広宣流布の全責任を担おうとする、強い一念をもつことです。そして、苦労している同志のことを、いつも気遣い、励まし、勇気づけ、身を粉にして、奉仕していくことです。わが同志を守り抜くことが、私の精神だからです。」
と語る。

「幹部は、自己中心的な考えや虚栄心を捨てて、徹して、会員に付くし抜こうとの一念を定めることです。そこにこそ、真実の仏法の道がある。」

「ともかく、同志のため、わが会員のため、と決心し、皆がいかんなく力を発揮していけるようにしなければならない。それが真の指導者です。」


4月2日 戸田城聖の 5回忌法要と大客殿の起工式が行われた。


太字は 『新・人間革命』第6巻より抜粋

カテゴリー


新・人間革命 第30巻 下 / 池田大作 イケダダイサク 【本】


→メルマガで届く 『小説 新・人間革命』に学ぶ
ブログでは 言えないこと

メルマガ『勝利の哲学 日蓮大聖人の御書に学ぶ』