『新・人間革命』第8巻 宝剣の章 P155~

伸一が気にかけていた受講生の一人に、医学部の高岡直美がいた。彼女の顔は、いつも暗かった。日々、悶々としているのであろう。確かな生き方が見いだせず、観念の迷路に陥り、自分の殻にとじこもってしまい、人生そのものに懐疑的になっていたのかもしれない。学会活動も、いやで仕方ないようであった。

伸一は、彼女に、境涯ということを教えたかった。彼女にこう指導したこともあった。
「人間は、自分の殻を破り、境涯を開くことによって、同じ環境にいても、ものの見方も、感じ方も、すべて異なってくる。

夜空の星々は、アインシュタインには、おそらく、相対性原理の輝きのように見えたであろうし、ベートーベンには、名曲を奏でているように感じられたであろう。でも、仏というのは、もっと深く、もっと広い、生命の世界なんだ。その境涯に至るまで、信心をやめてはいけないよ」

「あなたは、一人になり、孤独になってはだめだよ。行き詰ってしまうからね。常に心を開いてくれる、触発と励ましの組織が学会なんだ。だから、勇気をもって、その学会の組織のなかに飛び込み、人びとのために働くことだ。」

「あなたはやがて、医師になるだろうが、一番、大切なことは、人間を救おうという菩薩の心だよ。」

ある時は、一人の受講生が「正直なところ、私は学会の組織というのが好きではありません。しかし、山本先生の講義を受講して、先生を守り、先生とともに人びとのために生き抜く自分になりたいと思います。」と自分の思いを語った。

伸一は言った。「私を守るというが、学会を守ることが、私を守ることになる。一人の会員を、十人、百人、千人の会員を守ることが、私を守ることです。なぜなら、私の人生は、そのためにあると決めているからです。」

「私たちがめざしている広宣流布は、無血革命といえるが、私は、会員のため、法のため、社会のためには自分の血を流そうと決意しています。その覚悟と勇気がなければ、広布の指揮はとれません。学会を離れ、会員を離れて、私はない。もし、君に少しでも、私を守ろうという心があるなら、学会の組織の最前線を走り抜き、会員を守ることです。」

一人ひとりの人生と未来のために、何を語り、何を打ち込むかー 伸一は、生命を研ぎ澄まし、真剣に考えながら指導を重ね、まことの人間の道を教えていったのである。

事実、この「百六箇抄」の講義の受講生は、ほぼ全員が大成長を遂げ、・・・学会の中核として活躍していく人、医師、学者、国会議員など、さまざまな分野で輝かしい業績を示しながら、皆、大きく社会に貢献していくことになるのである。

人間の命には限りがある。一代限りでは大業は成就しない。ゆえに、人を育て、残すことのみが、広宣流布を成し遂げる唯一の道であるからだ。


「猊下、全僧侶、法華講員に訓諭」
1963年(昭和38年)7月25日付の聖教新聞を手にした学会員の多くは、一面に踊るこの大きな文字を見て、驚きを隠せなかった。

訓諭には、「宗内教師僧侶一般」にあてたものと、「法華講々員一般」にあてたものと二つがあった。


「宗内教師僧侶一般」の内容は、創価学会の折伏による至誠により、大聖人の仏法が広まり、宗勢が興隆している。しかし、宗門の僧侶は、その自覚の欠如と本分にもとるがごとき言動を聞くに及んで遺憾である。いたずらに遊戯雑談、懶惰懈怠に流れ、「法師の皮を著た畜生、外道の弟子」と、譴責されることなく、少欲知足を旨とし、よく身を慎み、精進するようにとの日達管長からの訓諭であった。

僧侶の在り方を正す、こうした訓諭が出されるのは、極めて異例のことといえた。

太字は 『新・人間革命』第8巻より