『新・人間革命』第8巻 宝剣の章 P117~

翌日は、女子部の華陽会の研修会であった。伸一は、ここでも質問会を通して、メンバーの激励に全力を注いだ。やがて、社会は“女性の時代”となる。その時のために、どれだけ多くの、聡明な女性リーダーを育むことができるかが、広宣流布の勝負を決すると、彼は考えていたのである。

世界の指導者の多くは、自らが功なり名を遂げてから後継のリーダーを育成するが、広宣流布という大業を果たすには、それでは遅すぎる。広布は無数の人材を必要とする作業であり、皆の活躍の舞台は、多様多岐にわたり、世界に広がっているからだ。また、いつ倒れようが、自分の志を受け継ぎ、堂々たる広宣流布の指揮をとれる人材群を育成しておく必要性を、伸一は感じていたのである。

さらに彼は、いよいよ「本門の時代」を迎えるにあたり、新しい、指針を書き始めた。タイトルは「青年よ世界の指導者たれ」である。

新しき青年部は、さらに世界的視野に立ち、幅広く立体的な活動を展開し、各界において有為なる人材、一流指導者として巣立ちいかねばならない。そして、「全人類の福祉」と「世界平和」に寄与することを、青年部の目標として掲げたのである。

そして、彼は、革命児たる青年部の具体的実践として三指針を示した。
第一に「御本仏日蓮大聖人の大仏法における厳格なる信行学を確立すべきである」
第二に「理想は高く、現実は、あくまでも堅実に、一歩一歩力強く進まなければない」
第三に「同志の団結である」

日本は、この翌年の1964年東京オリンピックが開催されるとあって、社会的にも、国際性や世界への関心が高まりつつある時代であった。

そのなかで、山本伸一の「大白蓮華」巻頭言「青年よ世界の指導者たれ」には、学会の青年のなすべきことが、明確に示されていた。しかも、一部の特定の青年への呼びかけではない。すべての青年部員に、世界の指導者たれと訴え、その具体的な方途を明らかにしているのだ。

世の中は次第に学歴社会になり、有名大学の出身者でなければ社会のリーダーたり得ないかのような考えが定着しつつあったが、彼は、そんな幻想にとらわれることはなかった。

学歴イコール人間の能力ではない。指導者には、知識・学力は必要ではあるが、同時にそれを生かす知恵こそ不可欠である。また、勇気、信念、情熱、行動力の有無も、重要なポイントとなる。さらに、なによりも、他人を思いやる心や、自分を律する力など、人格、人間性の輝きといった事柄が、求められていかねばならない。そして、それは、その人のもつ思想、哲学と不可分の関係にある。

学生部の会合では、日蓮仏法の実践者として、時代の先駆者として、立派な大指導者に育つことを期待すると語り「一生涯、信仰を全うしていくということは至難です。これから先、同志を裏切り、信心をやめていく人もいるかもしれない。しかし、“仏法は勝負”です。大聖人の仰せ通りに信心をし抜いた人と、学会を去って行った人が、10年、20年、30年先に、どうなっているか - 各々が、その証明者、体験者として、よく見極めていただきたいのであります」と足元を固めながら前進してほしいと望む。

京大生へは「百六箇抄」の講義が決まった。「百六箇抄」は、日蓮大聖人の最要深秘の法門である種脱相対を明らかにされた重書中の重書であったからである。それだけに、難解な御書であることはいうまでもなかった。

学生部員を受講者とした講義であることから、難解ではあっても、日蓮仏法の本義に触れるために、この御書を研鑽しようと、彼は考えたのである。


太字は 『新・人間革命』第8巻より