『新・人間革命』第6巻 波浪の章 P241~
太字は 『新・人間革命』第6巻より抜粋
<波浪の章 始まる>
1962年 6月2日伸一は 四国本部幹部会に出席した。
前日、伸一の出席を妨害する「どうしても来るというなら覚悟を決めておけ」という脅迫電話が学会本部に入る。
7月1日には、参議院選挙があることから、公明政治連盟の支援団体である学会への、悪質な嫌がらせや、脅迫電話が相次いでいたのである。
伸一は、戸田城聖に仕えた時から、命を捨てる覚悟はできていた。だから何ものも恐れなかった。もし学会に攻撃をしかけるものがあれば、自分が盾となって仏子を守り抜き、指一本触れさせまいと決意していたのである。
だが、自分と同じ自覚に立つべき首脳幹部に、その思いも、気迫も見られないことが、伸一は情けなく、残念でならなかった。
伸一は、予定している参加者が、既に集まったことを聞くと、予定を2時間繰り上げ、開会した。
"何があっても、同志は私が守る!"彼は、そう決意して、壇上にあっても、心で唱題しながら、会場の隅々にまで、注意深く視線を注いでいたのである。
会場では、ろうあ者のメンバー240人とともに、幹部会に参加した福山のところへ行き激励した。
人生の苦悩を背負い、嘆き、悲しむ人たちのなかに分け入り、幸福の道を教え、勇気と希望の光を注ぎ、生きる力を呼び覚ましてきた唯一の団体が創価学会である。
伸一は、見えざる的に向かって、心で叫んだ。"この尊い学会に、弓を引くなら引け!私を撃つなら撃て!しかし、私は断じて戦う。絶対に負けはしないぞ!"彼は拳を握り、彼方を仰いだ。
翌3日には、岡山県の会合に参加した。地区部長会では、「一昨日御書」の講義を行った。
この講義では、心から国を憂い、救済しようとされた大聖人が、なぜ、迫害されるに至ったのかを語った。そして、迫害の構図を浮き彫りにしていったのである。
「一部のマスコミなどが、暴力宗教であるとか、政治を牛耳り、日本を支配しようとしているとか、盛んに中傷、デマを流しています。そして、社会は、それを鵜呑みにして学会を排斥しようとする。讒言による学会への攻撃です。」
「広宣流布の道とは、見方によっては、讒言との戦いであるといえます。讒言の包囲網を破り、仏法の、また学会の真実を知らしめ、賛同と共感を勝ち取る言論の戦いであり、人間性の戦いです。」
「御聖訓にも、『悪は多けれども一善に勝つことなし』と仰せではないですか。しかし、どんなに荒唐無稽な嘘であっても、真実を知らなければ、その嘘がわからない。最初は、半信半疑であっても、やがて、そんなこともあるのかもしれないと、思うようになります。そして、何度も嘘を聞くうちには、多分そうなのだろうと考えるようになり、やがて、嘘が真実であるかのように、皆、思い込んでしまう」
「言うべき時に、言うべきことも言わず、戦わないのは単なる臆病です。」
「もし、みんなの心のなかに、自分が立たなくとも、誰かが戦うだろうという、他人任せの考えが少しでもあれば、その油断が哀れな敗北を生みます。要は私たちに、悪と戦う勇気があるかどうかです。讒言を打ち破るものは、真剣さです。全魂を傾けた生命の叫びです。」
「全員が一人立ちし、獅子となって、学会の正義と真実を語りに語り、訴えに訴え抜いていってこそ、勝利を打ち立てることができるのです。」
伸一の講義に、中国の友の心は燃えた。そして、言論の闘志として立ち上がったのだ。
1962年 6月2日伸一は 四国本部幹部会に出席した。
前日、伸一の出席を妨害する「どうしても来るというなら覚悟を決めておけ」という脅迫電話が学会本部に入る。
7月1日には、参議院選挙があることから、公明政治連盟の支援団体である学会への、悪質な嫌がらせや、脅迫電話が相次いでいたのである。
伸一は、戸田城聖に仕えた時から、命を捨てる覚悟はできていた。だから何ものも恐れなかった。もし学会に攻撃をしかけるものがあれば、自分が盾となって仏子を守り抜き、指一本触れさせまいと決意していたのである。
だが、自分と同じ自覚に立つべき首脳幹部に、その思いも、気迫も見られないことが、伸一は情けなく、残念でならなかった。
伸一は、予定している参加者が、既に集まったことを聞くと、予定を2時間繰り上げ、開会した。
"何があっても、同志は私が守る!"彼は、そう決意して、壇上にあっても、心で唱題しながら、会場の隅々にまで、注意深く視線を注いでいたのである。
会場では、ろうあ者のメンバー240人とともに、幹部会に参加した福山のところへ行き激励した。
人生の苦悩を背負い、嘆き、悲しむ人たちのなかに分け入り、幸福の道を教え、勇気と希望の光を注ぎ、生きる力を呼び覚ましてきた唯一の団体が創価学会である。
伸一は、見えざる的に向かって、心で叫んだ。"この尊い学会に、弓を引くなら引け!私を撃つなら撃て!しかし、私は断じて戦う。絶対に負けはしないぞ!"彼は拳を握り、彼方を仰いだ。
翌3日には、岡山県の会合に参加した。地区部長会では、「一昨日御書」の講義を行った。
この講義では、心から国を憂い、救済しようとされた大聖人が、なぜ、迫害されるに至ったのかを語った。そして、迫害の構図を浮き彫りにしていったのである。
「一部のマスコミなどが、暴力宗教であるとか、政治を牛耳り、日本を支配しようとしているとか、盛んに中傷、デマを流しています。そして、社会は、それを鵜呑みにして学会を排斥しようとする。讒言による学会への攻撃です。」
「広宣流布の道とは、見方によっては、讒言との戦いであるといえます。讒言の包囲網を破り、仏法の、また学会の真実を知らしめ、賛同と共感を勝ち取る言論の戦いであり、人間性の戦いです。」
「御聖訓にも、『悪は多けれども一善に勝つことなし』と仰せではないですか。しかし、どんなに荒唐無稽な嘘であっても、真実を知らなければ、その嘘がわからない。最初は、半信半疑であっても、やがて、そんなこともあるのかもしれないと、思うようになります。そして、何度も嘘を聞くうちには、多分そうなのだろうと考えるようになり、やがて、嘘が真実であるかのように、皆、思い込んでしまう」
「言うべき時に、言うべきことも言わず、戦わないのは単なる臆病です。」
「もし、みんなの心のなかに、自分が立たなくとも、誰かが戦うだろうという、他人任せの考えが少しでもあれば、その油断が哀れな敗北を生みます。要は私たちに、悪と戦う勇気があるかどうかです。讒言を打ち破るものは、真剣さです。全魂を傾けた生命の叫びです。」
「全員が一人立ちし、獅子となって、学会の正義と真実を語りに語り、訴えに訴え抜いていってこそ、勝利を打ち立てることができるのです。」
伸一の講義に、中国の友の心は燃えた。そして、言論の闘志として立ち上がったのだ。