『新・人間革命』第6巻 加速の章 P228~
太字は 『新・人間革命』第6巻より抜粋
会長就任2周年の5月3日 伸一は 会長講演で 正法の流布があるところ、偉大なる文化が花開くことを述べ、こう訴えた。
「正法が、人びとの生き方の根底となり、王仏冥合の姿となっていくならば、いかに優れた文化が生まれ、平和で、安穏な社会を建設できるかを物語っております。」
「その大仏法を根底とした未聞の人間文化の大輪を咲かせ、民衆の幸福と社会の繁栄を築いていくのが、私たちの広宣流布の大運動であります。」
「妙法による人間の生命の変革は、自然環境にも必ず及んでまいります。また、たとえ、台風など、激しい雨が降ることがあったとしても、信仰によって培われた英知は、災害に苦しむことのない、安全対策の整った社会の実現を可能にするともいえます。」
「この幸福にして平和な社会の建設こそが、私どもの信仰の目的であります。」
伸一は、悲哀の淵から立ち上がった創価の友に、われわれの一念によって、自己の人生はもとより、時代、社会が、全人類、全宇宙が変わっていくことを訴えたのである。
それは"小我"から"大我"へと至る境涯の革命の号砲であり、民衆が真に歴史の主体者として立つ、覚醒の叫びでもあった。
「今の日本の不幸は、民衆を幸福にし、恒久平和を建設していくための、確固とした理念、哲学がないことです。生命の尊厳を裏付ける哲学もなければ、慈悲の思想もない。人間の生き方や根本の価値を教える哲理を見失い、精神の骨格なき社会になってしまっております。」
「ゆえに、政治にせよ、経済にせよ、あるいは教育にしても、確かなる展望が開けず、迷い、揺れているというのが現状です。」
「その日本の国を救う、精神の骨格、大理念、大哲学となるのが日蓮大聖人の仏法であると、私は断言したいのであります」
参加者は、自分たちの行っている弘教の社会的な意義の深さを、改めて認識していったのである。
「日本の未来を、また、21世紀の世界を考えるならば、わが創価学会の主張と実践を高く評価し、賛同しなければならない時が必ず来るであろうし、既に時代の底流は、そうした段階に入ったといえます」
「しかし、そうであればあるほど、学会への嫉妬も強まるでしょうし、無認識や偏見ゆえの批判も起こるでありましょう。さらに、広宣流布を阻もうとする、さまざまな謀略もあるにちがいありません。」
「だが、何があっても、日蓮大聖人の御金言を、御本尊を信じて、いかなる権力にも、いかなる迫害にも、決して屈服することなく、確信と勇気をもって、崇高なる信心を貫き通してまいろうではありませんか。」
人間のための文化と社会を建設しゆく決意が、集った同志の胸中に、炎となって燃え上がった。
創価学会は伸一の、会長就任3周年に向かって船出したのである。
総会を終えた参加者は、薫風のなか、勇んで、再び布教を開始していった。
"私たちは、ただ自分の小さな悩みを解決するためだけに、信心をしているのではない。御書に仰せの、安穏な理想社会を、この世に築くという、もっと崇高で大きな目的のために、信心に励んでいるのだ"
信仰は人格を陶冶し、陶冶された人格は、社会建設の使命の自覚を促すものである。「正法が、人びとの生き方の根底となり、王仏冥合の姿となっていくならば、いかに優れた文化が生まれ、平和で、安穏な社会を建設できるかを物語っております。」
「その大仏法を根底とした未聞の人間文化の大輪を咲かせ、民衆の幸福と社会の繁栄を築いていくのが、私たちの広宣流布の大運動であります。」
「妙法による人間の生命の変革は、自然環境にも必ず及んでまいります。また、たとえ、台風など、激しい雨が降ることがあったとしても、信仰によって培われた英知は、災害に苦しむことのない、安全対策の整った社会の実現を可能にするともいえます。」
「この幸福にして平和な社会の建設こそが、私どもの信仰の目的であります。」
伸一は、悲哀の淵から立ち上がった創価の友に、われわれの一念によって、自己の人生はもとより、時代、社会が、全人類、全宇宙が変わっていくことを訴えたのである。
それは"小我"から"大我"へと至る境涯の革命の号砲であり、民衆が真に歴史の主体者として立つ、覚醒の叫びでもあった。
「今の日本の不幸は、民衆を幸福にし、恒久平和を建設していくための、確固とした理念、哲学がないことです。生命の尊厳を裏付ける哲学もなければ、慈悲の思想もない。人間の生き方や根本の価値を教える哲理を見失い、精神の骨格なき社会になってしまっております。」
「ゆえに、政治にせよ、経済にせよ、あるいは教育にしても、確かなる展望が開けず、迷い、揺れているというのが現状です。」
「その日本の国を救う、精神の骨格、大理念、大哲学となるのが日蓮大聖人の仏法であると、私は断言したいのであります」
参加者は、自分たちの行っている弘教の社会的な意義の深さを、改めて認識していったのである。
「日本の未来を、また、21世紀の世界を考えるならば、わが創価学会の主張と実践を高く評価し、賛同しなければならない時が必ず来るであろうし、既に時代の底流は、そうした段階に入ったといえます」
「しかし、そうであればあるほど、学会への嫉妬も強まるでしょうし、無認識や偏見ゆえの批判も起こるでありましょう。さらに、広宣流布を阻もうとする、さまざまな謀略もあるにちがいありません。」
「だが、何があっても、日蓮大聖人の御金言を、御本尊を信じて、いかなる権力にも、いかなる迫害にも、決して屈服することなく、確信と勇気をもって、崇高なる信心を貫き通してまいろうではありませんか。」
人間のための文化と社会を建設しゆく決意が、集った同志の胸中に、炎となって燃え上がった。
創価学会は伸一の、会長就任3周年に向かって船出したのである。
総会を終えた参加者は、薫風のなか、勇んで、再び布教を開始していった。
"私たちは、ただ自分の小さな悩みを解決するためだけに、信心をしているのではない。御書に仰せの、安穏な理想社会を、この世に築くという、もっと崇高で大きな目的のために、信心に励んでいるのだ"