『新・人間革命』第6巻 加速の章 P204~

大客殿建立は、恩師戸田城聖の遺言であり、山本伸一が 7回忌までの目標としていた誓願であった。

建立にあたっては、世界の名産を使うよう、言い残していたのである。

大客殿の支柱となるコンクリートの土台には、世界広宣流布の意義を込めて世界各国の石を埋めることになっていた。このため、伸一は各国の石を収集してきたのでる。

広宣流布を使命とする創価学会の同志は、大客殿の建立に賛同し、喜び勇んで、真心の浄財をもって建設に尽力してきた。

全同志は、この大客殿の起工式を伝える聖教新聞の報道を涙で読んだ。
全国各地の座談会で、会員たちは、大客殿の起工式を喜び、祝った。

同志の多くは、あまりにも質素な、慎ましい暮らしをしていた。しかし、法のため、広布のため貢献することができる誇りが、皆の心に脈うっていた。まさしく、大客殿は、同志の美しく清らかな真心の結晶であり、仏国土建設の希望と歓喜の象徴であった。

それから、30年ほど後に、法主の日顕によって、総本山興隆の大功労者である山本伸一が一方的に総講頭を罷免され、創価学会の破門が通告され、さらには、大客殿が解体されるに至るとは、誰人も予測しえなかったにちがいない。

同志の赤誠を踏みにじったのみならず、信徒を奴隷のごとく支配するために、創価学会という仏意仏勅の団体を壊滅しようとした、嫉妬に狂った日顕の大罪は、仏法の眼から見れば、永遠に消えることはない。

北海道に到着した伸一は、北海道女子部の部長であった故嵐春子をしのんで、桜の木の植樹を行った。

歳月は、やがて、去りし人を忘れさせる。だが、伸一は、健気に広宣流布に生き抜いた同志を顕彰し、その功労を、永遠に残していきたかった。

また、この桜の植樹をもって、北海道の女子部員たちが、嵐山の死の悲しみを乗り越え、希望の未来へと出発する契機としたかったのである。


北海道の幹部会で伸一は、学会への世間の中傷がいかに根拠のないものであるかを語った。
「社会の指導者といわれる人でも、学会の真実を見極めたうえで語っているわけではありません」

ひとたび、植えつけられた先入観や固定観念を覆すのは、容易なことではない。しかし、それを打ち破り、真実を見抜く、人びとの眼を開かせることから、新しき時代の建設は始まるのである。

伸一は、なぜ、学会が公明政治連盟を結成して、同志を政界に送り出すのかに言及していった。

「北条時宗への御状」の「国家の安危は政道の直否に在り仏法の邪正は経文の明鏡に依る」の御文を講義した。

「政治の善し悪しは、人びとが生き、幸福になっていくうえで、極めて大きな役割を果たしています。その政治が民衆を忘れ、政治家の権力や名誉欲、あるいは、派閥の力学で左右され、理念も慈悲もない政治が行われていけば、民衆は不幸です。」

ある政界の指導者に話したと語る。
「私たちは、社会の指導者と言われる人たちが、創価学会の真実を正しく理解することを願っています。」

「善良な民衆の、正しい力、偉大なる力を封じ込めようとする政治家が多くなるならば、日本の国は衰亡していくにちがいありません。」

「ともあれ、民衆を忘れた慈悲なき政治では、人びとの幸福はありえない。しかし、ただ、その現実を嘆いているだけでは、事態は変わらない。ですから、私どもは、公明政治連盟をつくり、慈悲の精神を政治に反映しようと、同志を政界に送ろうとしているのです。」

「私たち、創価学会の根本は何か。それは、その法華経を行じられた、末法の御本仏日蓮大聖人の御指南であり、御書です。無責任な評論家の言葉でもなければ、週刊誌などの批判記事でもない。誰がなんと言おうが、規範として従うべきは御書の仰せ以外にはありません。」

山本会長の講義を直接聴くのは、初めての北海道の地区幹部は、誰もが伸一の確信に胸を打たれ、御書に認められた大聖人の御言葉が、過去のものではなく、現在の自身への指導として、皆の心を射抜いた。


太字は 『新・人間革命』第6巻より抜粋