小説 新・人間革命に学ぶ

人生の 生きる 指針 「小説 新・人間革命」を 1巻から30巻まで、読了を目指し、指針を 残す

政治と 学会

新・人間革命 「新世界」 p101 より

新・人間革命 第1巻の時代背景には 「新・安保条約」をめぐり、
様々な意見対立が起きていた時代。


一人の青年が、真剣な顔で、尋ねた。

「新安保条約は、今、大きな問題となっておりますが、この際、
学会としても統一見解を出すべきではないかと思いますが?」

という、問いに対し、山本伸一は 皆の意見を聞いてから 答えた。



「青年部の君たちの間でも、これだけ意見が食い違う。・・・
どちらの選択にも、一長一短がある。
それを、学会としてこうすべきだとは言えません。
私はできる限り、みんなの意見を尊重したい。
大聖人の御書に、安保について説かれているわけではないから、
学会にも、いろいろな意見があってよいのではないだろうか。」



「政治と宗教では次元が違う。宗教に第一の使命は、
いっさいの基盤となる人間の生命の開拓にある。
宗教団体である学会が、政治上の一つ一つの問題について
見解を出すのではなく、学会推薦の参議院議員がいるのだから、
その同志を信頼し、どうするか任せたいと思う。」



「ただし、政治上の問題であっても、これを許せば、
間違いなく民衆が不幸になる、人類の平和が破壊されてしまうといった
根源の問題であれば、私も発言します。
いや、先頭に立って戦います。」

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これが 変わらぬ、創価学会の 考え方だ。



最近、憲法や 沖縄の米軍基地問題などで、
メディアに 露出し、三色旗を 振り回し、
「創価学会や 池田先生の 考えは こちら側が 正しい!」
と主張している人達は マスコミや 一部の政党に 利用されているだけだと
気づいてほしい。


 
いろんな意見があるのは、当然のことで、
どちらが間違っているとは、言わないが、
自分たちが 創価学会の代表だと主張することは 違うのではないかと思う。



山本伸一は
日本の行方を憂い、民主と平和を願ってデモに参加した女学生が亡くなったニュースを聞き、
新安保条約が国会を通過し、覆すことが不可能になった時、
若い学生たちのエネルギーが どこに向けられるだろうかと 思った。



彼は、運動の暴走は懸念してはいたが、学生たちの純粋な気持ちを、
平和のため、民主主義のために、生涯生き抜いてほしいと願った。



歳月の経過とともに、当初の初心の志が忘れ去られてゆくなら、
亡くなった女子学生の死の意味が無くなってしまうと、
彼女の死に報いるためにも、
真実の民主と平和の時代を作り上げねばならないと
伸一は決意した。




大聖人の仏法は すべてを 価値ある方向へ導くものだ。
信心している限り、無駄なことは ない。




公明党が 自民党とくっついているように
見えるかもしれないが、将来の結果を見れば、
納得できると思う。



もし、間違っていたら、監視して
堂々と主張すればいいだけの話だ。



聞く耳を持たなければ、必ず 結果に現れるから。 



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世界宗教

『新・人間革命』 旭日の章 P16 より

日蓮仏法は ・・・
人間を拘束する、すべての鉄鎖を解き放つ方途を示している。


まさに、人間の 「尊厳」と「平等」と「自由」を打ち立てた、
この日蓮大聖人の仏法こそ、
二十一世紀の未来を照らし、
世界に普遍なる幸の大光を放つ、
全人類の平和のための世界宗教にほかならない。


しかし、これまで、その大聖人の仏法が海を渡り、
世界に弘まることはなかったといってよい。



この、山本伸一の海外訪問は、苦悩する世界の民衆にヒューマニズムの光を注ぎ、
人類の蘇生の歴史を創造する、今日のSGI運動の突破口を開くことになる。
それは、仏教史を画する新たな時代の幕開けにほかならなかった。



しかも、奇しくもこの年は、日蓮大聖人が、「立正安国論」を認められ、
恒久平和への光の矢を放たれてから、ちょうど七百年にあたっていた。
不思議なる時の一致といってよい。



日蓮仏法は 全人類の平和のための
世界宗教である!!!



今、山本伸一は 、その大業の 扉を自らの手で
開いたのだ。


世界広布の第一ページを開いた ハワイ訪問は、
わずか三十数時間の滞在にすぎなかったが、
ここに 
人類の歴史に新しい夜明けを告げる、
平和の『旭日』は 昇ったのである。


旭日の章終わり



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世界平和への旅たち

『新・人間革命』 旭日の章

山本伸一(池田大作)は 創価学会の会長就任後
わずか 5か月後の 1960年(S39)10月2日 世界広布の一歩を踏み出す。


その時、山本伸一 32歳。


「君の本当の舞台は 世界だよ」との恩師 戸田城聖の言葉を胸に
ポケットには 常に 戸田先生の写真を忍ばせ、
記念すべき第一歩を ハワイに記した。


記念すべき第一歩のはずだったが、空港には 手違いで 誰もおらず、
一人の青年が 挨拶に来ているだけだった・・・。


日程は(現地)

10月1日 ハワイ ホノルル
10月3日 サンフランシスコ
10月6日 シアトル
10月8日 シカゴ
10月11日 カナダ: トロント
10月13日 ニューヨーク
10月16日 ワシントン
10月19日 ブラジル:サンパウロ
10月22日 アメリカ:ロサンゼルス

たった24日間で 3か国 9都市を 巡り
2支部 17地区を 結成。


いつ、世界広布の構想を練っていたのか?
(以下 小説から 抜粋)

戸田先生が逝去の直前、病床に伏しながら
メキシコに行った夢を見たと語っていたことがある。


それが、忘れられないと言う。


「あの日、戸田は言った。『待っていた、みんな待っていたよ。
 日蓮大聖人の仏法を求めてな。行きたいな、世界へ。
 広宣流布の旅に・・・。
 伸一 世界が相手だ。君の本当に舞台は 世界だよ」



「・・・伸一、生きろ。うんと生きるんだぞ。
 そして、
 世界へ征くんだ」


「彼は 亡き恩師に代わって、弟子の自分が
 世界広布の 第一歩を印すことを思うと、
 熱い感慨が込み上げてならなかった。」


初の海外訪問の日を 10月2日と決めたのも
2日が 戸田の命日にあたるからであった。


「世界へ征くんだ」との戸田城聖の言葉は、
世界を鋭く見つめた仏法指導者の
切実な“救世の 叫び”であったにちがいない。


人生の目的 ー それは、幸福
人生の願望 ー それは、平和


その幸福と 平和に向かって 歴史は展開されていかねばならない。


この世に生を受けて32年。
世界広布を生涯の使命とし、
その大業の扉を今、
自らの手で開き征くことを思うと、伸一の心は 躍った。



平和を 思考し うったえる人は多いが
平和のために 命をかけて行動する人は 少ない


池田先生は ガンジー キングも 超える
平和の闘志だ。



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新・人間革命 第30巻 下 / 池田大作 イケダダイサク 【本】


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